郡山城跡

奈良県 奈良・斑鳩・天理
  • 史跡

基本情報

名称

郡山城跡


コオリヤマジョウセキ

住所

〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町


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営業時間 公開 無休
アクセス方法 ・近鉄郡山駅から徒歩で10分
料金 ・無料
連絡先 問合せ先 電話番号:0743-53-1151

天正8年(1580)、筒井順慶が築城を始め、天正13年には豊臣秀吉の弟・秀長が大和・紀伊・和泉3国の大守として百万石を持ってこの地に入封、社寺の礎石や石仏なども城石に使っての大増築を行なった。わずか6年間で秀長は病没、その後水野、松平、本多氏…と徳川譜代大名の居城となり、享保9年(1724)には柳沢吉保の子・吉里が甲府から入封、明治維新まで柳沢氏の居城となった。◎筒井順慶(1549-84)筒井生れ。興福寺の官符衆徒(僧兵の隊長格)順昭の子。松永久秀失脚のあと信長から大和を与えられ郡山城主となる。洞ケ峠の日和見武士の汚名は有名。◎羽柴秀長(1541〜91)安土桃山時代の武将。豊臣秀吉の異父弟。秀吉に従い1577年以降中国征討に参陣して戦功をたてる。1585年四国征討には秀吉の名代として出陣し、長宗我部元親を降し、その功によって所領に大和を与えられ大和国郡山城を居城とする。

詳細情報

時代 安土桃山