尾花沢・新庄・村山の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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川船役所跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
最上川舟運をとりしきった川船役所跡に石碑が建っている
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清水城跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
文明8年,初代城主清水孫次郎満久が築城した堀跡が残る。
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鮭延城跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
鮭延城は山形県最北の町、真室川町の鮭川河畔に築かれ、いま城址碑が立つ。戦国の世、城主に鮭延秀綱という知将がいて、山形城主最上義光と激闘して降るが、義光にその器量を見込まれ重臣の座につらなった。最上家改易後、秀綱は幕府老中土井利勝に千石で招かれている。
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猿羽根峠
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 旧街道
羽州街道難所の一つ。旧道が残り山頂に地蔵尊がある。松尾芭蕉がこの道をたどって新庄に向かった。また、猿羽根峠の眼下を流れる最上川から着想したと思われる発句「風の香も南に近し最上川」の句碑がある。
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万騎の原古戦場
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
小国領主細川氏が最上義光の大軍を迎えうった古戦場。 万騎の原は、明神の南続きで明神原と呼ばれている台地であるが、天正8年(1580)に山形最上家が山刀伐峠を越えて、小国細川家を攻めたとき、細川家と土地の青年達が一丸となって明神原に出迎えて戦い、その騎馬が万騎と数え切れないほど多く入り乱れた所といい伝えて、万騎の原と呼びかえたとか。 今では畑になっているそのあたりから鉄矢の根や武具の破片が拾われることがあります。
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山刀伐峠
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 旧街道
山刀伐峠は、最上町と尾花沢市を結ぶ峠のひとつ。 標高は470メートルにすぎないが、北の最上町側は急峻で、南の尾花沢市側は比較的なだらかな地形をしています。この形状が昔、山仕事あるいは狩の際にかぶった「ナタギリ」という冠物の形に似ていることから、峠名が発生したと言われています。 元禄2年(1689)5月17日、陽暦にすると7月3日。松尾芭蕉と河合曾良は最上町の封人の家に逗留した後、「おくのほそ道」でも“最大の難所”と言われている山刀伐峠を越えて、尾花沢市へ向かいました。芭蕉は、その時の印象を「高山森々として一鳥声きかず・・・」というくだりの見事な文章で表現しています。 現在、山刀伐峠の山頂へは舗装道路(旧道)が整備されています。ですが、その道とは別に芭蕉が辿った「歴史の道」(“二十七曲り”と言われるほどの曲がりくねった山道)は、散策道として整備されたブナの木が生い茂る手つかずの自然が残り、300年の時を越えても尚、松尾芭蕉の旅を偲ぶ貴重な史跡となっています。
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楯山城跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
丹与惣左衛門築城の山城跡。
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谷口銀山
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
寛永から慶安年間にかけて採掘された銀坑跡。
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羽州街道
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 旧街道
奥州街道の脇街道,昔大名の参勤交代で賑わった。
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高野一栄宅跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
元禄2年に芭蕉と曽良が泊った船宿の跡
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新庄藩二代藩主の御廟所・桂嶽寺
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
戸沢二代藩主正誠の廟所,桂嶽寺。正誠は、実質的に63年もの長い間、藩主の座にあり、一流の文治政治を布いて新庄藩の全盛時代を築いた藩主であるが、晩年、愛児政武の夭逝を悼んで、この地に桂嶽寺を建て、自らの墓所も同寺境内にするよう定めた。
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角二山堅穴住居遺跡群
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
縄文前期の住居二基が復元されている。
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岩薬師
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
起源はおもかげ園同様で、洞窟の中には薬師如来を奉り銀鉱山の栄えた時代の寺院遺跡。現在縁結びの神として栄えている。
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おもかげ園
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
鹿橋をわたると、白銀公園一帯のメインとなるおもかげ園へと向っていきます。路傍には奥の知れない坑口や煙出しの縦坑が間近で見ることができ、「夏知らず」と名付けられた坑口から吹き出す冷たい風は涼を楽しませてくれます。
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延沢城跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
戦国時代、尾花沢周辺で活躍した野辺沢氏。満重、満延、光昌の3代が延沢城周辺を支配していた時の山城跡です。大正ロマン漂う銀山温泉は、延沢城の東方にあり、延沢銀山と呼ばれていました。1985年12月、延沢城、銀山の銀坑洞、山の神神社が一体となって国指定史跡となっています。
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山刀伐峠
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 旧街道
元禄2年(1689)年、芭蕉と門人の曾良は隣町の最上町より「おくのほそ道」でも最大の難所と言われている山刀伐峠を越えて尾花沢(鈴木清風宅)にやってきました。現在、芭蕉が辿ったブナ林の道が“歴史の道”「おくのほそ道・山刀伐峠越」として整備されています。
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大森山の磨崖仏
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
大森山南麓にある石仏で鎌倉時代末期の作と推定される。高さ5m、幅6.5mという大岩の上段の大きい岩室には五智如来が下段の小さい岩室には六地蔵が刻まれている。
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普光寺の鐘
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
東根城(小田島城)を築いた南北朝時代の武将・小田島長義(平長義)が、1356年に納めたといわれる県下ナンバー2の古鐘。
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長瀞城跡(長瀞陣屋跡)
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
建長年間(1249〜55)に築城され、後の応永22年(1415)山形城主最上満家の隠居城と伝えられる。江戸時代になると代官陣屋が置かれ、寛政十年(1798)より長瀞藩米津氏の陣屋となり、明治維新をむかえる。維新の史跡でもある。模範的平城館。
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芭蕉の句碑と柳の清水跡
山形県 尾花沢・新庄・村山
- 史跡
昭和初期まで豊かな清水が湧き出ており、芭蕉もこの清水を飲みのどを潤したのではないかといわれている。そばには芭蕉の詠んだ句である「水の奥 氷室尋ぬる 柳哉」が句碑に刻まれている。
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