皆野町(秩父郡)の郷土芸能 スポット 8選
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門平の獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
日野沢大神社奥社(元門平耕地の鎮守大山神社)の祭礼に舞われます。神ザサラと庭ザサラに分かれ、神ザサラは15歳未満の男子が舞うのが慣例で、奥社から始めて集落の中、数か所の神社を巡拝して1庭ずつを奉納します。庭ザサラは、奥社に戻って成人男子が舞います。花笠は、初潮前の娘が勤める習慣で、男女を問わず、この耕地に生まれ育った者は、獅子舞の役割を通過します
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奈良尾の獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
耕地の鎮守秋葉神社の祭礼に舞われます。かつて神の舞6座、庭の舞13座がありましたが、現在、神の舞は、神社境内で天王院、榛名山、お諏訪様、天神様の4庭を、庭の舞いは、公会堂の庭に注連を張って9庭を舞います。弊掛り、剣掛り、弓掛り、まり掛り、花回り、花狂い、二本立、友狂い、幕掛りで、幕掛りは奥義で師匠格が舞います。獅子頭は龍頭形式の貼り獅子で、毎年塗り替え、張り替えを行います。
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金崎の獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
金崎神社の祭礼に舞われます。曲目は、かつて31庭でしたが、現在は17庭です。子どもざさら4庭、お神楽、うねり、大狂い、三つ巴、花掛り、幣掛り、弓掛り、笹掛り、友ぐるい、剣掛り、四本立(女獅子隠)、花狂い、竿掛りがあります。獅子頭は、塗獅子で、男獅子は黒と白の鳥羽根に鹿角を立て、女獅子は白と茶の鳥羽根、頭頂に宝珠を置きます。
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秩父音頭
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
秩父音頭の起源は150年あるいは200年前ともいわれ、山狭のきびしい生活の中で培養され伝承されてきました。 昭和5年、金子伊昔紅氏により秩父豊年踊りとして公の場に披露されて以来、埼玉県一円に踊り歌われ、昭和25年には埼玉県の筆頭民謡として取り上げられ、その名も「秩父音頭」と改名されました。
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椋神社獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
秩父神社系の神楽で、明治14年蒔田神楽から習ったものと言われています。皆野根岸の稲荷社に起こり、明治40年椋神社に合祀されてからも、神楽は旧稲荷社氏子の父子相伝で、諸道具も耕地持ちのまま椋神社祭礼に奉納され、昭和35年頃椋神社に寄付されました。装束や面は、能衣装や能面が使われ、秀れた作が多く、4月7日、10月7日に土京遙拝所で、4月8日、10月8日、節分祭に本社の皆野椋神社で舞われます
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国神の獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
国神神社(金比羅神社)の祭礼に舞われます。国神と金崎は、かつて金崎村と言う1つの村で、上郷と下郷に分れていました。獅子舞も上郷組と下郷組に分れていましたが、元々一体のもので、共に金崎神社に奉仕していました。金崎神社獅子舞の項に記した曲目の内、花狂いと竿掛りは組ざさらといい、上下双方の組から舞人を出して奉納しました。笹掛りは下郷の、四本立は上郷の代表的曲目でした。
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出牛人形浄瑠璃
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
出牛人形浄瑠璃は文楽系の3人遣いの人形芝居で、幕末の頃を最盛期として、明治中期には上州方面でも興行したと言います。しかし、大正5年春、萩神社境内での上演を最後に出牛人形座は解散しました。昭和40年、埼玉県立文化会館での埼玉文化祭人形の歴史展に出品を求められ、これを機会に人形芝居復活の気運が起こり、厳しい練習の後、昭和42年11月西福寺に掛けられた舞台で復活しました。
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下三沢の獅子舞
埼玉県 秩父・長瀞
- 郷土芸能
下三沢の鎮守諏訪神社の祭礼に舞われます。曲目は、弊掛り、割ザサラ、奥ザサラ、花割り、竿掛り、四ツ替り、段づく、四句割り、下妻、瓢箪廻し、四庭寄せです。四句割り、下妻、瓢箪廻しを3役と言い、祭り最高潮の時に舞われ、最終の四庭寄せは、獅子2組、仲立ち2人の合わせて8人で舞います。祭礼の他、雨乞いのためにも舞われたと言います。
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