福井市の史跡 スポット 7選
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一乗谷朝倉氏遺跡
福井県 福井・奥越前
- 史跡
一乗谷にある国の重要文化財・特別史跡・特別名勝。遺跡は、戦国時代に朝倉氏五代が支配したといわれる城下町跡が、武家屋敷・寺院・町屋・職人屋敷など町並がほぼ完全な姿で発掘された大変貴重なもの。毎年8月には「越前朝倉万灯夜」「越前戦国まつり」を同時開催。火縄銃の迫力ある砲煙を見ることができる。夜には約15000個のキャンドルが灯され、幻想的な雰囲気に包まれる。
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一乗谷城跡
福井県 福井・奥越前
- 史跡
文明3年(1471)越前の守護朝倉孝景が,一乗山とその谷間をそっくり城塞化して築いた山城。以来,朝倉氏五代103年にわたって国内統治の中心となり,独特の武家文化を育んだが,義景のとき,織田信長に攻略されて落城,朝倉氏の滅亡とともに廃墟と化した。城址は,昭和42年の発掘調査でその全貌が明らかにされ,「一乗谷朝倉氏遺跡」として,国の特別史跡・特別名勝に指定されている。◎朝倉孝景(1428-81)坂井郡黒丸城生れ。別名敏景。守護斯波氏を押えて越前を掌握し守護職に任ぜらる。戦国大名の典型。初代一乗谷城主。◎朝倉義景(1533-73)一乗谷生れ。五代一乗谷城主。一乗谷に京風文化の花開かす。織田信長と対立,浅井氏と結び対抗し大敗。大野で自刃。
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西山光照寺跡
福井県 福井・奥越前
- 史跡
一乗谷入口にある朝倉時代一の大寺跡。40体程の石仏のみ残る。
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北の庄城址・柴田公園
福井県 福井・奥越前
- 史跡
天正3年(1575)柴田勝家が足羽川北岸の足羽御厨北ノ庄の地に築いた平城。九層の天守をもつ豪壮な構えを誇り,城下町も安土城の二倍はあったと伝えるが,築城九年目に羽柴秀吉によって落城,焼失した。城址は石垣を残すだけ。勝家を祀る柴田神社には,長槍を手にした勝家,お市の方の像が立つ。◎柴田勝家(1522-83)尾張生れ。織田家宿将。朝倉滅亡後,越前北庄城主となり北陸経営。信長の没後,秀吉と対立,賎ケ嶽の戦いに敗れ自刃。◎丹羽長秀(1535-85)尾張児玉生れ。安土桃山期の武将。信長重臣,のち秀吉と結び,若狭一国及び近江二郡を領す。柴田勝家滅亡後,越前一国及び加賀二郡を領し,北庄に居城す。
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福井城址
福井県 福井・奥越前
- 史跡
慶長9年(1600)の関ケ原の戦ののち、越前六十八万石を領して入封した結城秀康の築城になる。以来、徳川氏の親藩として秀康以降、越前松平氏代々の居城となり明治に至る(最後は三十二万石)。城は、北ノ庄城の北方600メートルの新北ノ庄に築かれた平城で、規模は姫路城に匹敵する偉容を誇ったと伝えるが、度重なる火災で天守をはじめ主要建造物を焼失した。現在は石垣と堀を残すのみで、本丸跡には県庁舎が建っている。◎結城秀康(1574-1607)浜名郡雄踏(宇布見)生れ。徳川家康二男。初代福井藩主。豊臣のち結城氏の養子となる。関ケ原の戦に宇都宮で在陣、上杉を抑えた功により越前に封ぜらる。◎松平忠直(1595-1650)大坂生れ。福井二代藩主。大坂夏の陣に越前藩兵を率いて参戦、大坂城一番乗りの功名をたてる。◎松平慶永(1828-90)江戸生れ。号春嶽。福井一六代藩主。政事総裁職となり、幕政改革・公武合体・雄藩連合政権樹立を目指し活動。王政復古後は、徳川宗家救済に大尽力。
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神の足跡
福井県 福井・奥越前
- 史跡
昔この地域が大干害にみまわれた時、神様が村人を救うため海から水をくみ上げた際の足跡という伝説が残る
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左内公園
福井県 福井・奥越前
- 史跡
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