稚内・留萌の趣味・カルチャー スポット 20選
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稚内港
北海道 稚内・留萌
- 観光名所
稚内港は、「北の玄関口」といわれる日本最北の重要港湾。各種物流船をはじめ、稚内と利尻島や礼文島、サハリン州を結ぶフェリー、漁船、大型調査船や海上保安庁の巡視船などさまざまな船や人々が利用しているところ。ショッピングモールや海鮮市場、温泉などが入った「稚内副港市場」は人気のスポット。稚内市のシンボル的建築物、円柱とアーチの回廊「北防波堤ドーム」は必見。
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オトンルイ風力発電所
北海道 稚内・留萌
- 観光名所
北海道天塩郡にある集合型の風力発電所。「オイルトン」は、アイヌ語で「浜にある道」という意味がある。総出力は21,000kWあり、北海道電力幌延変電所へ電力を供給している。道中にはパーキングエリアもあるため、およそ100mの高さの風車が3.1kmに渡って連なっている景色をゆったり楽しむことができる。夕暮れ時に見れる赤く染まった空の中に連なる風車も絶景。
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稚内市役所
北海道 稚内・留萌
- 観光名所
北海道稚内市にある役所。日本の施政権下にある市役所としては最北端に位置する役所で、最北端証明書をもらうことができる。椎名市内各地で使用されているマンホールのデザインがカードになったマンホールカードも配布されており、旅の思い出として人気のアイテムになっている。
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宗谷丘陵
北海道 稚内・留萌
- 観光名所
北海道稚内市にある丘陵。約3,000頭の放牧された牛や巨大な風車など、ドライブするのにうってつけのスポット。広大な丘陵地帯は、氷河時代に形成された丸みを帯びた地形が美しく、2004年には北海道遺産に認定された。道内屈指の絶景が広がり、雄大な自然を堪能できる。
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樺太引揚3船殉難慰霊碑
北海道 稚内・留萌
- 観光名所
戦後1週間後の昭和20年8月22日,老人,子ども,婦人ばかり5,082人を乗せた小笠原丸ほか2隻の樺太引き揚げ船が,留萌沖で旧ソ連の潜水艦の魚雷攻撃を受けた。死亡した1,708人の霊をいたみ建立されたもの。 2010年10月に市内の高台である千望台から海のふるさと館の敷地に移転された。
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幌糠獅子舞
北海道 稚内・留萌
- 郷土芸能
明治32年頃富山県越中より入植した者が、故郷をしのんで、富山県越中五箇山の大獅子を取りよせ伝承されたもので、道中と称して神社まで行進した後、神社でおはらいし、京振り、げんばやし、七五三、吉崎の四種類を一組として構成される。
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留萌黒潮太鼓
北海道 稚内・留萌
- 郷土芸能
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樽真布獅子舞
北海道 稚内・留萌
- 郷土芸能
明治時代、越中(富山県)から入植した人々が、故郷をしのんで舞い踊ったもので、かぐら舞、竹つぎ舞、おばこ舞、ぎおんばやし、豆ひろい、足ひろい、うら舞、獅子殺しの舞の8種よりなり、その舞は勇壮にして華麗である。
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留萌鰊沖揚音頭
北海道 稚内・留萌
- 郷土芸能
昭和30年を境に幻魚となったニシン漁業を永く世に伝えたいと,当時の漁業者によって保存され,船こぎ唄,網起こし歌,にしん木ヤリ唄,ソーラン節,子叩き音頭の五つの唄で構成され地名を唄に入れ作業唄として親しまれている。
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三平汁
北海道 稚内・留萌
- 郷土料理
魚と野菜の入った塩味の汁物だが、入れる魚は場所によって色々異なる。当地方ではにしんやます、たらを入れたものも多い。秋から冬の味覚。
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浜鍋
北海道 稚内・留萌
- 郷土料理
新鮮な魚介類と野菜などを煮込むもの。秋から冬の味覚。
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魚介類料理
北海道 稚内・留萌
- 郷土料理
日本海に面したこの地方も、道内の他の沿岸地域と同様、海の幸に恵まれている。魚介料理は留萌市をはじめ当地方どこでも食堂や旅館で手軽に味わえる。
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魚貝類珍味
北海道 稚内・留萌
- 特産物・特産品
海産物の豊富な当地方だけに、その加工品も数多い。タコ・イカやホッケなどのくん製や各種の塩辛・干物などが味わえる。
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ホッケ
北海道 稚内・留萌
- 特産物・特産品
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イカ・タコ
北海道 稚内・留萌
- 特産物・特産品
この地方の海沿いの味覚は豊富で、イカやタコも様々に加工されて出荷している。
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エビ
北海道 稚内・留萌
- 特産物・特産品
ボタンエビ等が獲れる。
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昆布干し
北海道 稚内・留萌
- 郷土景観
昆布の中でも最高級のダシ昆布として知られる利尻昆布の作業風景が7月〜8月の早期に見ることができる。
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北防波堤ドーム
北海道 稚内・留萌
- 歴史的建造物
設計者は北海道大学を卒業して3年目、北海道庁の技師として稚内築港事務所に赴任してきた当時26歳であった土谷実氏です。北埠頭が旧樺太航路の発着場として使われていたとき、ここに通じる道路や鉄道へ波の飛沫がかかるのを防ぐ目的で、昭和6年から昭和11年にかけ建設された防波堤です。樺太へと渡る人々で賑った頃のシンボルでもあり、古代ローマ建築物を思わせる太い円柱となだらかな曲線を描いた回廊は、世界でも類のない建築物として内外の注目をあびています。 半世紀を経て老朽化が著しかったため、昭和53年から3年間、全面的に改修工事が行われ、昭和55年にその独特の景観がよみがえり、高さ13.6m、柱の内側から壁までが8m、総延長427m、柱の総数70本、半アーチ式の構造形式です。2001年に北海道遺産に指定されています。
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旧海軍望楼
北海道 稚内・留萌
- 歴史的建造物
帝政ロシアとの国交が悪化し始めた明治35年に、国境の備えとして旧帝国海軍が建設したもので、当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊が、宗谷海峡、津軽海峡、東シナ海のどこかを通過し、ウラジオストクに集結するかを察知することは、戦略上極めて重大であったことから、同望楼の海上監視にも、任務の重要性が課せられました 日露戦争の終結に伴い望楼の使命は終わりましたが、その後も、大正9年沿海州で起きた尼港事件(※)では無線通信基地として、太平洋戦争では対潜水艦監視基地として使用されました 稚内では明治年代の建築物で現存する唯一のもので、昭和43年12月、市の有形文化財に指定されました ※尼港事件(にこうじけん) アムール河(黒竜省)河口から40キロメートル上流の港町尼港(ニコラェフスク)で発生した邦人虐殺事件。ロシア革命後、わが国のシベリア出兵に反感をもつパルチザン(遊撃隊)が、大正9年3月から5月の間に引き起こした事件で、日本守備隊、邦人合わせて700人が虐殺されています
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旧瀬戸邸
北海道 稚内・留萌
- 歴史的建造物
昭和20〜40年代。稚内のまちは、底曳船漁の前線基地として国内各地から人が集まり、活気にあふれていました。そのさなかの昭和27年。稚内が町から市へと発展をとげた年、「旧瀬戸邸」は瀬戸常蔵という底曳きの親方の邸宅として建てられました。日本最北端のまちに残る、戦後まもない昭和の建物を保存するとともに、稚内の漁業の歴史を伝えていきます。また、この旧瀬戸邸は平成24年12月14日に国の登録有形文化財に「旧瀬戸家住宅主屋」として答申されました。平成26年6月21日に国の登録有形文化財に登録。
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