沖永良部島・知名町(大島郡)のレジャー・遊び・体験 スポット 20選
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えらぶ観光タクシー
鹿児島県 鹿児島離島
- 観光タクシー・ハイヤー
お客様の旅行プランなどに合わせて島内各地観光のプランやルートを『周遊タクシープラン』としてご案内させていただいております。沖永良部の思い出作りに微力ながらご協力させていただきます。 【おきえらぶ『周遊タクシープラン』】 知名町にお泊りのお客様にオススメの2時間コース「7,500円/1台」 お泊りのホテル⇒屋子母海岸⇒昇竜洞※1⇒田皆岬⇒沖泊海浜公園⇒大山植物公園⇒ホテルへ ※1昇竜洞入洞料は別途料金がかかります。 他4時間コースや半日・1日貸切の観光も相談により受け付けておりますので、お気軽にお電話・お問い合わせください。 営業時間 年中無休24時間営業
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フローラルパーク
鹿児島県 鹿児島離島
- 観光施設
テニスコート4面 あずまや アスレチック遊具 グラウンドゴルフ パターゴルフコース 多目的運動広場 休憩所 管理棟
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西目イシシハカマ踊り
鹿児島県 鹿児島離島
- 郷土芸能
この踊りは、歌詞からみると、熊本や鹿児島で江戸時代に大流行した地突歌や祝儀歌と同じ内容になっています。 江戸時代の終わりの頃、上城の沖野松盛氏が代官付人として鹿児島へ行った時に、この歌を習い覚えて帰り、西目の踊りの先生方や三味線の名人達と協力して創ったのが、この踊りの始まりだと言い伝えられています。 この踊りは、初め上城の高野家(イ・フーニ)を中心に伝承され教え広められていましたが、現在は、西目地区の無形文化財として、上城・下城・新城の全集落で唄い踊られています。
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久志検チンカラ踊り
鹿児島県 鹿児島離島
- 郷土芸能
今からおよそ二百年前、久志検の川畑中納という人が、当時の上役人と三名で薩摩に貢物(税金)を納めに行きましたが、その御用を済ませて帰るまでの期間地方をまわって見物している内、ある集落で楽しそうな珍しい踊りを発見しました。氏は、この踊りを教えてもらい、しっかり身につけてから島に帰り集落の人々にも教え伝えました。これが、久志検集落のチンカラ踊りの始めだと言い伝えられています。 同時に、氏は踊りの用具一式、タスキ・ハチマキ・ノボリ・リボン等たくさんの物を持ち帰り伝えました。チンカラ踊りの原名は、現在ははっきりしませんが、踊りに使う鳴り物の音から、チンカラ踊りという俗称で呼ばれるようになり、現在は、久志検チンカラ踊りとして踊っています。
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瀬利覚獅子舞
鹿児島県 鹿児島離島
- 郷土芸能
瀬利覚集落の獅子舞は、沖縄本島をはじめ日本の各地で厄払いの行事や豊年祭の出し物として踊られています。 瀬利覚の獅子舞が、何時の頃どのようにして伝わってきたのかは、記録が無いのではっきりとしませんが、古い時代に中国大陸から沖縄に伝わり、沖縄からその信仰と共に沖永良部に伝わったものだと思われます。それは、獅子のつくり方や踊りかた、使う道具等、沖縄のものと大変よく似ていることで知る事ができます。 獅子舞の演出 1.最初に二人の舞子が登場し、アヤカビルの舞を踊ります。 2.アヤカビルの舞が終了すると、太鼓と誘導者に誘われて獅子が姿をあらわします。 3.獅子の踊りが行われ、途中の休み々に合わせて獅子が踊ります。 4.獅子が退場すると、アゲチクテンと余多打ち畑の曲を全員で踊ります。 保存者 獅々舞保存会 時期 不定
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上平川大蛇踊り
鹿児島県 鹿児島離島
- 郷土芸能
上平川大蛇踊りは、日本各地に伝えられている蛇踊りとは、その蛇の操作のしかたが変わっていて、十数メートルの3本の竿に大蛇を吊り下げて操作します。 この踊りは、上平川の幸山政孝が、薩摩藩への貢ぎ物の御用を無事すませて帰島する途中に、嵐にあい明国に漂着。そこで暮らす内にこの踊りを覚え、数年後、沖永良部へ帰る船便の都合で琉球に立ち寄り、琉球の歌と踊りをこの踊りに取り入れ、大蛇踊りを完成させて上平川へ伝えたと言い伝えられています。 踊りの内容は、次のような物語になっています。 「ある寺の和尚さんが旅に出る事になり、小僧たちに『留守の間、寺に女性を泊めてはいけない』と注意して旅に出た。月日が過ぎたある夜、美しい娘の一夜の宿の頼みに負けてとめることになった。小僧たちが娘の唄や踊りを楽しんで眠ったところ、その娘の正体は蛇の化身であり、大蛇となって小僧たちを襲ってきた。なす術を知らない小僧たちは恐れおののくばかりであったが、その時和尚さんが帰ってきて、全員で一生懸命お経を唱え大蛇を退治した」 以前は、この踊りをする度に大蛇踊りに使う道具のすべてを集落総出で作り、踊りが終われば焼却していましたが、現在は大事に使用し出来るだけ保存するようにしています。 上平川の大蛇踊りは、大変珍しく、また、文化的に価値の高い文化財だということで、鹿児島県無形民俗文化財として指定され保護されています。 保存者 大蛇踊り保存会 時期 不定
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新城花窪ニャート墓
鹿児島県 鹿児島離島
- 歴史的建造物
この墓は1840年に沖永良部の代官として赴任し、1824年に座横目として再来島した鹿児島の城下士、遠矢金兵衛が妻子のために造ったものだと言われている。丘陵斜面を利用した横穴式屋根型で前庭があり、石壁で囲まれた入り口は鳥居型の石門がある。
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アダンの自然林
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
沖泊海岸の砂浜に群生しているアダンの自然林。アダンはタコノキ科の熱帯植物で、暖かい地方の海岸や砂浜などによく自生しており、潮風に強い植物のため、暴風・防潮・砂防樹として利用されていた。沖泊のアダンは面積も広く貴重なものとなっている。
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田皆岬カルスト地帯
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
通称ヤグニャバンタと呼ばれ、海面から40m~50mの断崖絶壁は雄大である。周辺一帯は幾千もの歳月・風雨によってできた奇岩や息を呑む断崖、りりしい断層などがあり、遊歩道も整備されている。サンゴ石灰岩が変形して出来たトラーバーチンは以前建築の内装用として産出されていた。地質鉱物学や岩質の生成、風化の変化を知る資料として貴重な場所である。
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住吉貝塚
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
先史時代の遺跡である住吉貝塚は、沖永良部島の西海岸に所在する縄文時代後期~弥生時代初頭併行期にかけての貝塚を伴う集落遺跡で、北側に谷を控えた海岸崖上の標高約12mの緩やかな南西向き斜面地に立地しています。昭和32年、九学会奄美大島共同調査考古班によって発掘調査が行われた住吉貝塚は、琉球石灰岩の礫を壁面に組み上げた琉球列島中部文化圏独特の住居跡が発見され、同時期に調査が行われた奄美大島の宇宿貝塚、徳之島の面縄貝塚とともに学史的に有名な遺跡です。近年、同貝塚周辺の農業基盤整備事業計画が浮上したため、遺跡の範囲や内容を確認するための発掘調査を実施し、遺跡の規模が東西120m、南北100mに及ぶことが判明しました。発掘調査では、14棟の竪穴住居跡と3基の土坑、2箇所の貝塚が確認されたほか、竪穴住居廃絶後の窪みに食料残滓などを廃棄することで形成された小規模な貝塚(地点貝塚)が数多く見られました。竪穴住居跡については、ほぼ削平を受けることなく良好な状態であったことから、縄文時代後期には地面を掘り込むだけの構造であったものが、縄文時代晩期~弥生時代初頭併行期には掘り込みの壁面に琉球石灰岩を組み上げる構造へと変遷する過程を確認することができました。自然遺物では、炭化した木の実や遺跡の前面に広がる珊瑚礁や岩礁域に生息する多くの魚類・貝類のほかに、外海域を回遊するトビウオ科の遺体も確認されており多様な漁労活動の一端を明らかにしました。人工遺物では、琉球列島中部文化圏独特のジュゴンやサメ、ヤコウガイなどを素材とした装身具に加え、九州島から搬入されたと考えられる土器や佐賀県の腰岳産と考えられる黒曜石も確認されています。以上の点などから、当該期の琉球列島中部文化圏の独特な生活様式や生態系の復元、他地域との交流を知る上で重要な遺跡として平成19年7月29日に国史跡に指定されました。 現在、遺跡は保存のため埋め戻してありますが、保存・活用を図るための史跡整備について検討を行っています。なお、出土した遺物の一部は、「あしびの郷・ちな」のロビーに展示しています。
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アーニマガヤトゥール墓
鹿児島県 鹿児島離島
- 歴史的建造物
アーニ(大字)マガヤ(小字名)というところにあり、南方を向いた斜面に石灰岩をくり抜いて造られ、玄室内部には三方に棚段が造られ全面部分は前に突き出ており、沖縄の亀甲型墓の入り口に似た造りが特徴的である。
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ジッキョヌホー
鹿児島県 鹿児島離島
- 町並み
沖永良部島の南西端に位置する瀬利覚集落の泉である。ジッキョヌホーとは瀬利覚の川を意味する(ジッキョ=瀬利覚、ヌ=の、ホー=川)。付近一帯は苔むす切り石垣によって整然と区画され、石畳の歩道がある。民家は、主屋、ナカヤ、トーグラなど島の伝統的な分棟式居住様式が色濃く残る。周囲は珊瑚礁の石垣に囲まれ、榕樹や福木を植えて台風に備えている。環境省が選定する平成の名水百選に選ばれている。
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屋子母セージマ古墳跡
鹿児島県 鹿児島離島
- 歴史的建造物
自然石灰岩をくり抜いて造られた琉球式墳墓であるが、西隣には仏教の影響を受けた本土型の墓地があり、沖永良部の風習がトゥール墓から日本式の墓に変わっていく途中を知る資料として学問的に重要な場所である。
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屋者琉球式墳墓
鹿児島県 鹿児島離島
- 歴史的建造物
世之主の四天王の一人、屋者真三郎(マサバル)の墓だと言い伝えられている。石灰岩をくり抜いて造ったトゥール墓であるが、屋根は日本式切妻型になっており石畳式に葺かれている。これは、現在沖縄に残っている亀甲形の墓よりも古い形式である。
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屋子母海岸
鹿児島県 鹿児島離島
- 海岸景観
水平線に沈む夕日の美しさは島内随一。 【規模】延長1.0km
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大津勘海岸ビーチロック
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
大津勘ビーチロックは砂浜に出来た非常にあたらしい石灰質砂岩で厚さ10センチメートル~60センチメートルの層が何層かに重なって出来ており、その規模は、長さ約200メートル最大幅40メートルで地表に現れている。地下水に溶けている石灰が暖かい太陽熱を吸収することによっておこるセメント作用により、砂やサンゴの破片などを固めて出来たと言われている。
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住吉暗川
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
鍾乳洞の一部に穴があき、地下水を汲み取ることのできる場所を暗川(クラゴー)と呼んでいる。かつては、深さ約30メートルから水を汲む仕事は女性や子供の仕事で、大変な重労働であった。住吉暗川は地質学的に貴重であるとともに、水に関する過去の住民の苦難の生活史を物語る場所としても重要である。
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昇竜洞(観光鍾乳洞)
鹿児島県 鹿児島離島
- 特殊地形
鹿児島県の天然記念物に指定されている昇竜洞は昭和38年に発見され、3,500mのうち600mが一般公開されています。全体として鍾乳石の発達が素晴らしく、特にフローストーンの規模は全国でも最大級のものです。 フローストーンとは、クリームをとろりと流したような形状で流華石とも呼ばれ、洞窟の壁や斜面を覆っている鍾乳石です。近づいて見るとその中に小さな鍾乳石などを取り込んで発達している様子が見られることもあります。また、「魔法のダルマ岩」「ナイアガラの滝」「夢の国」「相合傘」「バナナの花」など色々な名称がつけられており、「昇竜の鐘」なども大変珍しい鍾乳石です。 洞窟の中には光を当てるときらきら光り、大変美しい場所がいくつもあります。これは細かい方解石(ほうかいせき)の結晶が光るためです。方解石とは石灰岩の主成分で、鉱石として扱われる場合は「石灰石」石材として扱われる場合は「大理石」と呼ばれるものです。 また洞入口には様々な亜熱帯植物や蝶が訪れる人の目を楽しませてくれます。出口公園には休憩所があり、島のお菓子などを召し上がることができます。全長3,500mのうち600mの区間を見学可能で、所要時間は約30分間です。 【規模】奥行2.7km 昇竜洞観光社(0997)93-4536
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田皆岬
鹿児島県 鹿児島離島
- 海岸景観
島の北西端。黒潮に浸蝕され隆起した40mの断崖。奄美十景に名を連ねる島内でも屈指の景勝地。天気のいい日には、眼下に広がるサンゴ礁群と波の合間にウミガメの姿を見ることができます。また、岬の奥には奇岩群が広がるカルスト台地があります。 【規模】高さ40/延長2km
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大山展望所
鹿児島県 鹿児島離島
- 展望台・タワー
沖永良部島の最高峰。水平線上に与論島・沖縄本島が眺められる。ハイビスカスやブーゲンビリアの花が一年中咲き乱れる中に展望台が立つ。
沖永良部島・知名町(大島郡)のレジャー探し
沖永良部島・知名町(大島郡)で体験できる店舗一覧です。
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