江戸東京博物館 魅力を徹底大解説!細かすぎるジオラマに大興奮

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大名気分が味わえる。駕籠に入って記念撮影!

大名のお姫様が乗っていた駕籠です。大名が乗る駕籠とは違い、女性らしいデザインが印象的で素敵です。このスペースは約一か月に一度のペースで展示物が変わるので、訪れるたびに違う資料が見られ、多くの情報を得ることができます!博物館ならではの、貴重な歴史資料もたくさん見られます。

こちらは、現在の岡山県にある津山の大名が江戸を訪れる際に使用していた駕籠の復元資料になります。前と後ろに2人ずつ、計4人でこの駕籠を担ぎ、はるか650キロほど離れた地から江戸まで向かっていました。

実際に入って、大名になった気分を味わいながら写真も撮れます。いつも人だかりの絶えない、はずせない人気撮影スポットの一つです!

模型で江戸の暮らしをのぞこう

「江戸ゾーン」では主に、暮らし・楽しみといったジャンルごとに展示が並びます。当時の生活を学べるエリアでは、江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わえる実寸大の模型資料もたくさん用意されています。

江戸町人の住宅スタイル、棟割長屋

一棟の家に多くの世帯が隣り合って住んでいる、江戸の一般的な住宅「棟割長屋」。薄い壁ひとつで仕切られ、限られた空間の中で暮らしていた様子がうかがえます。風呂やお手洗い、洗濯場は共同だったので、各家にありません。現在の生活とくらべながら見学するとより楽しめます。

一人暮らしの独身男性の部屋です。職人さんで、自宅兼職場として利用していました。もちろん、細部までこだわった模型は今にも動き出しそうなくらいリアルに作られています。歴史の教科書では学びきれないもの、が江戸東京博物館では学べます。


この部屋で見てほしい最大のポイントは「台所」です。よく見ると、気づくことがあります。他の部屋に比べて、とってもきれいで何もないんです。独身男性とだけあって料理は御無沙汰の様子が、模型にも反映されているんです。
江戸時代の暮らしをいかに忠実に再現するかを極めている江戸博。こんなところまで世界観が作られているのは、さすがです。

江戸時代の出産シーンです。当時は、産婆さんを自宅に招いてお産をしていました。現代とは異なる出産方法や産後の過ごし方に関しても詳しく解説されているので、ぜひ見てみてください。

長屋の中には、寺子屋もありました。江戸時代に、町人の子に読み書きや計算、道徳等を教える今でいう塾や学校です。退屈そうにしている子や、真面目に書をかいている子も。今の時代と変わらない光景にほっこりします。

江戸の本屋「絵草紙屋」はメディアの起源

浮世絵の一種である「錦絵」の制作工程と共に、江戸の出版と情報の象徴として「絵草紙屋(えぞうしや)」が実物大レプリカが展示されています。メディアの起源・歴史はここから!と言っても過言ではありません。

お相撲さんや歌舞伎俳優は今でいうアイドルやモデル!人気を集める人物の絵を浮世絵師に依頼し、販売していたとか。誰もが知っている有名な浮世絵師・葛飾北斎も芸術家のかたわら、出版社からの発注も受けていたそうですよ。
手軽な値段で購入でき、現在の雑誌に値する存在で、江戸の大きな情報ツールとして重宝されていました。復元ではありますが、本物さながらのリアリティ溢れる展示はさすが。よく見てみてください!

江戸のお寿司のポイントは「赤酢」。江戸時代のファストフード!

日本食といったら誰もが思い浮かべるであろうお寿司。これは今のお寿司の起源ともいわれる「江戸前寿司」のレプリカです。回転寿司など、2つで1セットなイメージが強いですが、江戸では1つずつ販売されていました。その分サイズも2倍!なかなか食べごたえがありそうですね。

現在のお寿司と大きさ以外は一見変わりのない江戸前寿司。よく見ると気づくのが、酢飯の色です。少しごはんに赤みがかかっているのがわかります。現在は、多くが米から作られる「米酢」が使われているのに対し、当時は酒粕から作られた酢「赤酢」が使用されていました。名前の通り、少々赤みがかかっていて、安価だったため、赤酢が重宝されていました。


ちなみに赤酢は、愛知の商売上手な商人が江戸まで持ってきたのがはじまりと言われています。酢をはじめとした調味料を販売する大手メーカー「ミツカン」は本社が愛知にあり、創業のきっかけをつくった人物が、江戸に「赤酢」を運んだ人物だとも言われています。食文化の歴史も学ぶと奥が深いんです!

一度は食べてみたい、屋台型のそば屋!

江戸の町は外食文化が盛んで、それに伴って店も充実していました。長屋で紹介されていた独身男性のような人は、外食で日々の食事をまかなっていたのでしょう。

そば屋は移動式で、真ん中の棒を担ぎながら移動し、屋台を開いていました。サイズは160センチくらいであまり大きくなく、コンパクトにまとまっています。江戸の町では、店を構えない「屋台スタイル」で営業をする商人もたくさんいました。ほぼ100%の建物が木造で、密集地だった江戸の町では、移動式の飲食店はとにかく頭を悩ませる存在。「歩く火種」は、幕府の頭を常に悩ませていたとか。

由来はまさかのダジャレ!「消します!」

とにかく火事が多かった江戸に、なくてはならなかった存在の「火消(ひけし)」。町人で形成された消防組織です。「い」「ろ」「は」などの文字によって組分けされていて纏は各組のシンボルでした。

なんと、重さは15キロもあり、結構大きいです!ぜひ持って体感してみてください。

上についている球体は「ケシの実」、下の正方形は「枡(ます)」を意味していて、合わせて「消します」という意味が込められているという秘話が。江戸時代はこういったダジャレのようなセンスで名づけられたものが実は多いんです。

江戸の風景がよみがえる、美しすぎる壮大な両国橋の景色

多くの芸術家から愛され、絵画や浮世絵にもよく登場する「両国橋」。現在の浅草橋から東日本橋周辺のエリアが再現されています。

隅田川に浮かぶ屋形船は、娯楽として大人気だったそうです。夏には花火も打ち上げられる人気スポットでした。船の引き波が美しい壮大なジオラマは必見です。


数百体といる人形の中から、特定の人形を探しだすゲームが用意されてます。ぜひチャレンジしてみてください!結構むずかしいですよ。

江戸東京博物館周辺の遊び一覧はこちら♪

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