桑名市の文化史跡・遺跡 スポット 7選
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矢田立場
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
江戸時代の矢田町は、東海道の立場(宿場と宿場の間にあって、旅人が休憩する茶店などが集まっている所)でした。『久波奈名所図会』には、「此立場は、食物自由にして、河海の魚鱗・山野の蔬菜四時無きなし」とあります。福江町へ曲がる角には火の見櫓(現在の火の見櫓は平成三年に再建したもの)もありました。西矢田町には現在でも、馬を繋ぎとめた鉄環のある家や連子格子のある家も見られます。福江町も矢田立場の続きで、茶店や宿屋が多くありました。福江町の南端は、桑名宿の入口に当たるので、旅人を引き止めるために、宿屋の人たちが集まっている宿引小屋がありました。また西国からの大名などが通行の際には、桑名藩からの役人が出迎えて、ここから案内をしました。竹内家には馬をつないだ輪が今も街道に面して残っています。
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安永立場
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
安永は東海道筋であると共に、町屋川を利用した舟運の船着場であったので、通行客を相手とする茶店が多くあり、安永立場といわれました。名物として「安永餅」が売られていましたが、現在は売る店はありません。今も茶店の名残りのある料理屋が二件あり、両店とも藤の花が見事です。東海道筋には江戸時代の家も見られます。付近に「伊勢両宮常夜燈」が住時を偲ばせて残っています。
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桑名城址(九華公園)
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 史跡
揖斐川河口付近にある。1601(慶長16年)年本多忠勝が10年を要して築城した。のちに代々松平氏の居城となり、5代目藩主定綱の時城郭が完成した。封地がほぼ正方形で東の一辺だけ湾曲していたので、扇城と呼ばれた。明治維新後城郭は破壊され、現在は九華公園と名を変えて、桜・ツツジ・菖蒲の名所になっている。一角に松平定信・定綱を祭る鎮国守国神社があり、楽翁公百年祭記念宝物館には2人の遺品を保存している。◎松平定敬(1846年-1908年)高須藩主松平義建の子として江戸出生。桑名藩主として兄容保と共に佐幕運動に挺身。鳥羽・伏見の戦いに敗れ、津藩知事に永預り。晩年は日光東照宮宮司となり、波乱の生涯を終った。◎本多忠政(1575年-1631年)徳川家康に仕え、1590年の小田原の役に16歳で初陣、父忠勝とともに岩槻城を攻める。関ケ原の戦では徳川秀忠に従い真田氏を攻撃した。
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七里の渡跡
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 史跡
熱田・宮の渡しから海上七里を船に乗り、桑名の渡しに着いたことから「七里の渡」と呼ばれています。当時は、東海道の42番目の宿場町として大賑わいを見せていました。ここにある大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられています。
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住吉浦
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 史跡
揖斐川河口近く,番所が置かれ船着場として賑わった。
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北大手橋
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 史跡
揖斐川に面する川口樋門から南大手橋に至る三之丸掘の石垣約500mが現存する城壁であり、江戸時代に思いをはせることができる。
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又木茶屋
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 史跡
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