米沢・置賜の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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飯豊山の穴堰
山形県 米沢・置賜
- 史跡
今から約150年前、寛政10(1798)年、一代の名君米沢藩主上杉鷹山公が食糧増産を奨励しましたが、かんがい用水不足のため実績があがらず家臣黒井忠寄に命じて水利検分させ、翌11年深山山谷をぬって難工事が進められました。その後20年の歳月で文政元(1818)年8月完成しました。県指定文化財)。 現地を訪れる際は大日杉登山コースをおよそ6時間歩き、一度コースを離れる必要があります。また、融雪が済んだ8~10月頃しか露出しませんので、見学をお考えの方は十分な計画と装備をされるようお願いいたします。 時代 1799~1813
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萩生城址公園
山形県 米沢・置賜
- 史跡
中世の平城で、伊達家臣、国分氏が11代210年間にわたり居城した本拠です。伊達氏の移封と共に国分氏もそれに従いこの地を去り廃城になったといわれています。現在コミュニティセンターが建つ約2.4haの区画が本丸跡で、濠や土塁が残る公園となっています。 築城年代1 天授6年(1380年)
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草木塔
山形県 米沢・置賜
- 史跡
本県特有の文化遺産で、置賜地方に多くみられる。 諸説あるが、伐採採取された樹木や草木を供養するために上杉鷹山が奨励したといわれている。飯豊町内では、中津川地区に分布し、代表的な2基が町指定文化財。(小屋字小手屋、岩倉字塩ノ畑) 文化財 市町村指定重要文化財
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鮎貝城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
鮎貝氏(伊達政宗と争った)の城跡。 時代 室町~江戸
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黒沢峠の敷石道
山形県 米沢・置賜
- 史跡
越後米沢街道十三峠のひとつ『黒沢峠』は、江戸時代に敷かれた約3600段の敷石が今も残り、ブナ林の中に続く敷石の道は、歴史の道百選の中でも随一の美しさと評されています。
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小松城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
越後街道と長井街道の交差する要所に位置する小松城は、鎌倉時代に長井氏家臣舩山因幡守によって創建され、戦国時代にかけて米沢城の重要な支城の役割を担った。伊達時代には大町修理亮が七代にわたり治め、その後天文の乱で活躍した宿老桑折播磨守、朝廷より奥州守護代に任じられた牧野久仲ら文武兼備の重臣が城主を務め、外交の席で連歌の宴が催された。 元亀元年(1570年)小松城主牧野久仲の実父である中野宗時は連歌に興じていて米沢城に出仕せず、謀反を企て遠藤基信の暗殺を計ったが失敗し、小松城に篭城して小松城の戦いの舞台となった。(元亀の変)
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下小松古墳群
山形県 米沢・置賜
- 史跡
前方後円墳17基を含む約200基の古墳が群集する、東北地方最大規模の古墳群です。 ヒメサユリ、ニッコウキスゲ、ハッチョウトンボ、チョウセンアカシジミなどの希少な動植物が生息する。自然観察にも最適な遊歩道が整備されている。 また古墳群の北東に位置する展望台(T-41号墳)は山形県眺望景観資産第2号に指定されており、米沢盆地を一望できる絶景スポットです。 文化財 国指定史跡 時代 5~6世紀
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原田城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
伊達家宿老原田氏の居城。平山城で三方が崖に囲まれ、規模は東西 350m・南北100mとされ、大手は南側、西が本丸、東が二の丸で、それぞれが空堀で区切られている。伊達家が岩出山に移る天正19年(1591年)まで米沢北郊の戦術的支城の役割を担った。最後の城主、原田左馬介宗時は18歳で家督を継ぎ、伊達政宗の軍事において顕著な戦功を挙げた。豊臣秀吉の朝鮮出兵の命により、文禄2年(1593年)7月伊達家臣団の一人として朝鮮半島の釜山へ渡ったが、間もなく病を患い、対馬で没した。 宗時の二代後にあたる原田甲斐宗輔は仙台藩伊達家の家老となり、1970年のNHK大河ドラマ『樅ノ木は残った』の主人公となった。 時代 室町
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日向洞窟
山形県 米沢・置賜
- 史跡
微隆起線文土器他が日本最古の土器形式であり、当時の縄文早期という年代区分よりさらに古い時代があったということが確認され、縄文草創期(約12000~10000万年前)という区分が新たに設定されるきっかけとなって全国的にも有名になった。 文化財 国指定史跡 時代 縄文
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羽山古墳
山形県 米沢・置賜
- 史跡
古墳時代後期の横穴式古墳の典型。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳後期
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大立洞窟
山形県 米沢・置賜
- 史跡
縄文から弥生時代の住居跡。 文化財 国指定史跡 時代 縄文
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稲荷森古墳
山形県 米沢・置賜
- 史跡
全長約96m、県内第1位・東北第6位の大きさをもつ前方後円墳。史跡公園として整備。 【料金】 無料
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二色根古墳
山形県 米沢・置賜
- 史跡
二色根山にあり、山寄せ式の小古墳3基が残存。昭和8年(1933年)に発掘調査が行われた。有力者の墓とみられ、古墳時代の終末期のもの。横穴式古墳。県の史跡に指定。 時代 奈良
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二色根館跡
山形県 米沢・置賜
- 史跡
二色根山の山上にある、空堀とけわしい崖に囲まれた館の跡。秀吉の家臣栗野喜右衛門が篭ったと伝えられる。堀・石垣・井戸と老松が残る。 時代 中世
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平山の締切堤防遺構
山形県 米沢・置賜
- 史跡
宝暦7年(1757)以降、置賜野川はたびたび大洪水をおこし、周辺の田畑を荒廃させていた。野川の治水のため、幕府の事業として工事が始まり、明和8年(1771)に竣工した。その後も上杉藩による追加工事をはじめ、明治、昭和の各時代でも補強工事が行われた。現地には、江戸期の積石、明治期の積石、昭和期の護岸工事の3時期の工事の跡を見ることができ、現在も堤防として地域の暮らしを守っている。特に明治期に実施された野川産川原石による長さ450mにも及ぶ総石積の白い堤防は壮観そのものである。 文化財 長井市指定天然記念物 旧延長450メートルのうち残存48メートル 作成年代: 江戸時代 指定年: 1974
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洞雲寺の大石・巨石郡
山形県 米沢・置賜
- 史跡
長井市上伊佐沢の大石地区は、白鷹町に隣接し、陸路の要所として当時は40世帯以上が暮らしていた。大石地区にある洞雲寺は、平成25年に廃寺となったが、寺の裏には巨大な花崗岩の岩塊が横たわっている。長さ12.6m、高さ6.5m、幅6.5mにおよぶ。「大石」という地区名もこの岩塊に由来すると言われる。一体は花崗岩層が広がっており、この岩塊のほかにも「ジジ石」「ババ石」など、地元住民により名付けられた巨石が点在しているという。 文化財 長井市指定特別天然記念物 指定年: 1978
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長者屋敷遺跡
山形県 米沢・置賜
- 史跡
西山山麓から東に張り出した標高270mの台地にあり、東西300m、南北100mに広がる遺跡。昭和50年代の調査で、旧石器時代(約17,000年前)から縄文・弥生時代までの遺跡が確認されている。現在は、約4,000年前の縄文中期の住居跡を覆屋(六角堂)により露出展示。また、4棟の竪穴住居を復元している。 文化財 市区町村指定史跡 ・縄文時代 指定年: 1974
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米沢城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
暦仁元年(1238)長井時広の築城と伝えられる、米沢城(松岬城あるいは舞鶴城とも称された。)の城跡で、現在は本丸と二の丸の一部が公園となり、濠内には上杉神社や稽照殿(宝物殿)、上杉謙信像、上杉鷹山像などがある。 明治6年、城が取り壊され、明治7年、公園として市民に開放された。四周を濠に囲まれ、200本の桜に包まれた桜の名所ともなっている。 【料金】 無料
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長井駅
山形県 米沢・置賜
- 史跡
山形県長井市にある駅。改札口はなく、ホームに自由に出入りすることができる。側線には保線用モーターカーの車庫があり、隣接して旧貨物ホームが残っている。駅舎内部には旅行センターや待合室、ギャラリーが設けられており、旅行センターでは硬券乗車券や入場券、回数券や定期券などを取り扱っている。
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朴ノ木峠(越後米沢街道十三峠)
山形県 米沢・置賜
- 旧街道
越後街道十三峠の一つ。
米沢・置賜の文化史跡・遺跡探し
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