福島・二本松の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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木幡山経塚群と蔵王堂跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
昭和54年県の史跡に指定された経塚は、末法思想が盛んだった平安末期にお経を埋めたところで、木幡山の尾根に一線上に経塚6基が並んであり円形・長方形とさまざまで、径が2?4m、高さ1m前後で中央に石室があります。経文を埋納した容器や搬出物の完全なものは、盗掘にあい失われていますが、木幡山より出土したといわれる経筒が奈良の国立博物館に保存されています。この経塚からは、和鏡片2、刀子2、古銭(宋銭)、須恵器、土師器片などが多数出土しています。 経塚群の西端にある立石の基部付近からも土師器、古銭が出土しており藤原時代12世紀の経塚と見られ県内でも、重要なものです。 【料金】 無料
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宮森城址(上館)
福島県 福島・二本松
- 史跡
伊達政宗がこの地に滞在の折、父輝宗の居城として用いられた。輝宗公が殺害された粟ノ巣の変の起こりはここから始まる。現在は神社があり、地元住民の広場として利用されている。当時の敵地、三春方面を望むような(現在は木々に隠れている)高台の形状が城跡としてのなごりを残している。 時代 1396
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四本松城址(古館)
福島県 福島・二本松
- 史跡
小高い丘になっており小さな社がある。 時代 1065
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小浜城址(下館)
福島県 福島・二本松
- 史跡
築城年代は不明だが、天正のころ大内定綱が居城していた。天正13年(1585)伊達政宗はこの城を攻略して、父輝宗を入れた。その時二本松城主畠山義継が伊達氏に降伏し、宮森城(上館)の輝宗のもとに降伏を許された礼に参上した。その時、突如として輝宗の胸元に刃を突きつけ、驚きあわてる伊達の家臣らを尻目に、二本松城に引き揚げようとした。それを聞いた政宗は、阿武隈河畔で追いつき、父もろとも義継を射殺した。城跡は現在、児童公園になっている。 時代 1471
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二子塚古墳
福島県 福島・二本松
- 史跡
全長60m高さ5mの古墳中期の前方後円墳である。 文化財 都道府県指定史跡 指定年: 1989 時代 六世紀
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白山遺跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
複式炉のある縦穴住居跡,トンガリ帽子形の住居が復元されている。 文化財 都道府県指定史跡 指定年: 1960 時代 縄文
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高子岡城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
伊達氏が初めて居城したと伝えられる場所です。 源頼朝の奥州征伐が行われた文治5年(1189年)。頼朝公に従軍した常陸国の中村一族は、この戦いの功により頼朝公から恩賞として伊達郡を拝領し、後に高子岡に居城しました。その際姓を「伊達」に改め、鎮護の神として亀岡八幡宮を祀ったといいます。ゆえに、ここが「伊達氏発祥の地」と伝えられているのです。 現在は、伊達氏ゆかりの八幡宮がひっそり建ち、往時の姿を偲ばせています。 時代 文治5年(1189年)
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藤田城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
鎌倉~室町時代の平山城。源頼朝の本陣が置かれたとの伝説が残り、伊達一族である藤田氏の居城と推定される。南北朝時代には南朝方の霊山城の支城であったが北朝軍に攻められ、貞和3年(1347年)霊山とともに落城した。 文化財 市区町村指定史跡 指定年: 5 時代 南北朝期 料金/見学時間/休業日 無料
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石母田供養石塔
福島県 福島・二本松
- 史跡
高僧が親の百ヶ日供養のため建立した石製の塔婆。書は元の帰化僧一山一寧によると言われている。 文化財 国指定史跡 指定年: 10 時代 鎌倉時代
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義経の腰掛松
福島県 福島・二本松
- 史跡
平安時代末、牛若丸(源義経)が平泉に下向する際、腰を掛けたとの伝説が残り、樹形が大変優美な松でした。江戸時代に多くの旅人や文人が訪れた初代松は、現在幹を覆屋で保存しており、その傍らに二代目松から接木した三代目松を育成しています。
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石母田城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
中世石母田氏の居館で、複郭式の平城館。この地方における典型的な中世の城館一部濠跡も良好に残っている。 文化財 市区町村指定史跡 町指定史跡 指定年: 60 時代 室町
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森山第四号墳
福島県 福島・二本松
- 史跡
円墳で、横穴式石室が死者を葬る施設として設けられている。石室は、側面が弧を描くようにカーブする特徴的な形態(胴張形)である。 文化財 市区町村指定史跡 指定年: 60 時代 古墳時代終未期
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桑折西山城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
伊達氏の入部時の築城とも、8代目の政宗が籠城した赤館がそれであるとも伝わる中世の山城です。天文元年(1532年)頃に伊達稙宗が梁川からここに本拠を移し、同17年に子息の晴宗が米沢へ移るまで、陸奥国守護伊達氏の居城となった。現在も石塁、空堀、枡形状虎口など、戦国時代の遺構を数多く残しており、平成2年(1990年)に国の史跡に指定された。 時代 戦国時代
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長倉舘跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
応永の乱の際、長倉舘跡は鎌倉公方より三度の攻撃を受けたが、その全てを撃退し、伊達家の軍事力を知らしめる出来事となった。また、三度目の攻撃の際には、長倉氏とともに9代伊達政宗が一時たてこもったと言われている。のち彼らは桑折赤舘に移り反抗したが及ばず、政宗は会津方面に逃れたという。
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大枝城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
阿武隈川に臨む小丘陵の突端部を利用した城である。大條氏は9代伊達政宗の弟孫三郎宗行が分家してここに居城した。応永年間に築城したと伝えられ、綴そが森「神が崎城」とも呼ばれる。天正年間に大條氏7代宗直のときこの城を去った。慶長5年(1600)、伊達政宗は一時この城に陣を置いて梁川城を攻めている。
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月見舘跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
広瀬川と布川に挟まれた天然の要害です。本丸跡・二の丸跡・三の丸跡・空堀跡があります。南側の真徳寺付近が大手門跡と見られます。戦国期に須田伯耆が居城したと伝えられていますが、それ以前の城主は不明です。須田はもと須賀川二階堂氏の家臣須田某の一族で、のち伊達輝宗家臣となり、大波大膳の家中に属したと言われています。
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保原城跡
福島県 福島・二本松
- 史跡
本丸は現在の中野病院の付近と見られ、本丸北側の大堀は元木溜井と呼ばれ近年まで残っていた。保原城は鎌倉初期に伊達氏が創始したとも伝わるが、確証はない。戦国期に伊達家臣中島伊勢や懸田御前が在城した節が見られ、伊達政宗家臣となった大内定綱も一時期ここを領したと言われている。
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粟ノ須古戦場
福島県 福島・二本松
- 史跡
二本松城主畠山義継と伊達政宗との戦場跡。 時代 1585 料金/見学時間/休業日 無料/-/-
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大壇口古戦場
福島県 福島・二本松
- 史跡
戌辰戦役で木村銃太郎を隊長とする二本松少年隊奮戦の地。二本松少年隊22名出陣,16名戦死。 時代 1868 料金/見学時間/休業日 無料/-/-
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供中口古戦場
福島県 福島・二本松
- 史跡
戌辰戦役の古戦場で三浦権太夫義彰戦死の地。 時代 1868 料金/見学時間/休業日 無料/-/-
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