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会津の文化史跡・遺跡 ランキング
会津の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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大光寺供養塔(板碑)
福島県 会津
- 史跡
阿弥陀如来の梵字(キリーク)が彫られています。 延応2年(1240)の銘が刻まれており、東北で7番目、県内では最古の板碑です。 文化財 都道府県指定史跡 指定年: 1979
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一里塚(栃沢)
福島県 会津
- 史跡
会津若松から日光へと通じる下野街道に残る一里塚です。 山間部にあったこともありほぼ当時の姿が残されており、下野街道の道筋とともに近世の景観を残す貴重な史跡となっております。 円墳状の土壇は直径8m、高さ3mあります。 【料金】 無料
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向羽黒山城跡
福島県 会津
- 史跡
中世会津の太守葦名盛氏が居城として築いた山城です。葦名氏滅亡後も伊達氏、上杉氏が重要な居城として、改修を重ねています。 東北最大級の山城として有名で、本丸の麓まで大型バスで入ることができます。 御茶屋場曲輪や二ノ丸曲輪、本丸からは会津盆地を見渡すことができます。 お茶屋場跡・水神社・宗像神社・二の丸跡・本丸跡・その他、多数の史跡名所が存在する貴重な山城跡です。 ボランティアガイドによる説明も行っております。 【料金】 無料
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陣が峯城跡
福島県 会津
- 史跡
陣が峯城跡は、12世紀の城館跡です。城跡内部の広さは、東西約110 m、南北170 mで、段丘崖になっていた東側以外は、威厳を示すための二重堀が掘られていました。城跡からは中国産の高価な磁器が多数見つかっており、当時の城主は大きな権力を持っていたと考えられています。しかし、他に炭化したお椀や鉄製の鏃なども見つかっていることから、戦いによって城が焼失してしまったと考えられています。。 時代 12世紀
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越後路街道(追分石)
福島県 会津
- 旧街道
会津を通って新潟・江戸を結んだ街道の跡がある。
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泉福寺の梵鐘
福島県 会津
- 史跡
高さ1.5mの釣鐘型。天明2年(1782年)の鋳造で、治工は会津を代表する鋳物師早山房次、由次父子であり、開山草創の由来・鋳声の功徳・寄進者等の銘文が刻まれている。 時代 天明2年(1782年)
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旧一ノ戸村制札場
福島県 会津
- 史跡
旧一戸村(現山都町一ノ木)は飯豊山への登山口で、江戸時代には、最終本村であり、その米沢領への間道にあたる。田中家は山三郷木曽組一戸村の肝煎の職にあり、間道守人を仰せ付けられ、番所の性格を兼ねていた。 制札場は田中家の屋敷入口にあり、高さ60cmの石積基礎のうえに、間口3.7m、高さ3.6mで木造二間の支柱を添えた簡素な建物であり、現存する県内唯一の制札場である。また、この制札場に掲げられた同家保存の十三枚の制札も県指定となっている。 時代 1830~1844
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別府の一里塚
福島県 会津
- 史跡
一里塚は、江戸時代に整備された里程標識の小さい丘で、一里(4km)毎に塚を築き、その上に樹を植え、旅人の目安としていた。別府の一里塚は会津五街道の一つ米沢街道(現県道熊倉塩川線)の両側面にある。 時代 1603年
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弾正ヶ原
福島県 会津
- 史跡
明治15年、県からの強制労働(三方道路)に反対し農民数百名が結集した場所。自由民権運動発祥の地。 弾正ヶ原の名前は、会津北部の名族栗村家17代の当主(会津四家合考蘆名家の頃)、天正16年3月15日卒し、摺上川の合戦には参戦できなかった憲胤(後 弾正清政)の墓所がありいつの頃か、この一帯を弾正ヶ原と呼ぶようになった。 公園内には民権の碑と民権百年記念碑がある。 (喜多方市文化財ガイドブックより) 時代 1350
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新宮城跡
福島県 会津
- 史跡
会津新宮城跡は、福島県西部、会津盆地の北西部に位置しており、南北朝時代から室町時代前期に会津北部から新潟県の東蒲原郡方面に勢いをもっていた有力武士・新宮氏の城館跡です。 時代 鎌倉
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草木塔
福島県 会津
- 史跡
塔は熱塩小学校校庭南東にあり、安政6年(1858)6月に建立された凝灰岩の角柱石である。碑は伐採された樹木の霊を鎮めようと赤崎の木こり甚三郎という人が建立したものと伝えられる。草木塔という石碑は全国的にもめずらしく、その発祥は山形県置賜地方で、一番最古のものは安永9年(1780)の「草木供養塔」である。当時の民間信仰を知るうえで大切なものである。
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糠塚古墳群
福島県 会津
- 史跡
当地方随一の規模を持つ方墳で、古墳時代の前期に属する古墳の可能性も考えられる。 主墳の糠塚古墳は、高さ約5.1m、一辺約26mの規模を持つ。この北約110mには、粉糠塚(小糠塚)があり、周囲が大きく削られてしまっているため、本来の形が明らかでない。高さは2.5m、一辺約15mあり、この二つの古墳が県指定史跡の糠塚古墳群である。 糠塚古墳の北西約100m、山首神社の建立地の丘状部も古墳と考えられ、高さ約2.2m、周囲約56mの規模を持つ。
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旧米沢街道 塩川宿
福島県 会津
- 旧街道
米沢街道は、若松城下より米沢までの街道でおよそ14里(約56km)ある。上・中・下街道のうち阿賀川の舟運でも栄えた塩川町を宿場とした下街道にのみ駄馬の通行が認められ、慶長13(1608)には本街道となった。寛永4年(1650)には日中・大峠超えが禁止されている。川番所では、舟運や米沢街道・塩川町の歴史がわかる資料を販売している。当時の道標が川番所近くの「駒形神社」に移設され保存されている。
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旧米沢街道 熊倉宿
福島県 会津
- 旧街道
熊倉宿の起こりは慶長6年(1601)駅所と検断が定められたことによる。宿駅開設に伴い、同年11月26日には六斎市が認められた。このころすでに小田付・小荒井の市がさかんで熊倉の市は自然消滅したとされる。出羽三山参りの行者宿や伝馬宿駅として栄えていた。出羽三山神社の遥拝所あり。
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いにしえ夢街道
福島県 会津
- 旧街道
街道沿いには観光施設や体験施設、茶屋などがあり、山すそには史跡や寺、神社などが点在していて歴史散策にぴったりです。
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戸ノ口原古戦場
福島県 会津
- 史跡
戊辰戦役の激戦地で西軍・東軍多数の戦死者を出した。 見学 見学自由 時代 1868年
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旧滝沢本陣
福島県 会津
- 史跡
会津藩主が本陣とした、名主横山家の住宅。参勤交代や休息に使用された。会津街道滝沢口にあり、数寄屋造りの御殿ノ間・本宅などが残り、ゆかりの武具・茶道具を展示、古文書などが公開されている。また、古民家としては東北地方で最も古い建物。国指定史跡。重要文化財。 【料金】 大人: 400円 高校生: 300円 中学生: 200円 子供: 100円
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キリシタン塚
福島県 会津
- 史跡
1635年幕府の命により多くのキリシタン教徒を処刑したところといわれる。 見学 見学自由 時代 1635年
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飯盛山
福島県 会津
- 史跡
会津若松市の市街をのぞむ山。戊辰戦争で16~17歳の少年たち白虎隊の自刃の地でその墓が並び、外国から贈られた顕彰記念碑などもある。 時代 明治
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西郷邸跡
福島県 会津
- 史跡
会津藩家老,西郷頼母の屋敷跡。妻・千重子の辞世の歌「なよたけの碑」は墓とともに市内善龍寺にある。 見学 見学自由 時代 不詳
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