福山・尾道の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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白壁の道(上下町商店街)
広島県 福山・尾道
- 旧街道
福山・三次の中間点に当たる上下は分水嶺である。上下の名は峠の意から出たものとも言われる。江戸時代には、広島藩の浅野氏と福山藩水野氏との所領に分割されていた。府中市上下支所は、代官所跡に建てられており、庭先に「天領陣屋跡」の碑が建っている。大森銀山の銀を大阪に運ぶ中継地としての上下は、陰陽を結ぶ宿場町として発展。宿屋や商店が軒を並べた。町並みを見ると、古風な白壁の土蔵や格子戸造りの家が今も遺存し、往時の盛況を物語っている。古い街道筋には道標も多く残っている。 【料金】 無料
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相方城跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
芦田川南岸に面する標高190m前後の丘陵上に築かれた山城で、関連遺構が東西約1,000m、南北約500mの範囲に広がる。空堀を挟んで東西に位置する主郭には石垣が巡る。毛利氏が、東方(豊臣方)を意識して築城したものである。 文化財 都道府県指定史跡 時代 1573年(天正元年)
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大佐山白塚古墳
広島県 福山・尾道
- 史跡
大佐山の頂上近くにある方墳。横穴式石室は、立柱と鴨居状の石材で玄室と羨道に二分される。周囲に6基の古墳が残っており、大佐山古墳群を形成している。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳時代終末期
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宮脇遺跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
細石器を中心とする旧石器時代から押型文土器など縄文時代早期の遺物が出土した遺跡。 文化財 都道府県指定史跡 時代 旧石器時代~縄文時代
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廉塾ならびに菅茶山旧宅
広島県 福山・尾道
- 史跡
「黄葉夕陽村舎」という名称で創設された朱子学者・菅茶山の私塾。 【料金】 無料平日および団体は有料(ガイド料として)事前にお問い合わせ下さい。
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神辺城跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
神辺の町並みを見下ろす黄葉山山頂に位置する。中世の典型的な山城で,曲輪や石垣などの遺構が残る。近くに福山市神辺歴史民俗資料館が所在する。 その他 その他 都市計画公園(吉野山公園) 時代 中世
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神辺本陣
広島県 福山・尾道
- 史跡
江戸時代,参勤交代の大名,幕府役人等の宿泊所。県内唯一の完全な形で残る本陣施設。 【料金】 無料
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亀山弥生式遺跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
弥生時代の代表的な環濠集落。発掘調査で三重の環濠や、環濠の外側で全国で2番目に古い土塁が発見された。 【料金】 無料
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平家谷
広島県 福山・尾道
- 史跡
平通盛,小宰相らが落ちのびた里。馬の鞍が横に傾いたことから横倉と呼ばれる平家谷は、落人の隠れ里として恰好の場所だったのだろう。平家の武将が鐙を落としたという鐙峠や、乗越、的場、弓場、御方(館)の前喜勢など平家ゆかりの伝説を持つ地名が多い。また、古くからは40余の神社があったともいうが、現在は、赤幡神社、貴船神社、石神神社、通盛神社など数社をとどめ、はぐりめぐらされた注連縄に赤い紙垂が使用されている。 時代 1184年
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猪ノ子古墳
広島県 福山・尾道
- 史跡
南に開口する典型的な横口式石槨を持つ当地方では希少な終末期古墳である。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳後期
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熊野の上代土器窯跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
須恵器を焼いた窯跡。 文化財 都道府県指定史跡 時代 奈良・平安
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大迫古墳
広島県 福山・尾道
- 史跡
巨大な花崗岩を使用した両袖式横穴式石室をもつ後期古墳である。須恵器高杯、金環などが出土している。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳後期
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山の神古墳
広島県 福山・尾道
- 史跡
片袖式の横穴式石室をもつ。豊富で優れた副葬品、馬具類(金銅製杏葉・雲珠・鏡板)が出土した。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳後期
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二子塚古墳
広島県 福山・尾道
- 史跡
全長68mの前方後円墳で、後期古墳では県内最大で、後円部の横穴式石室は全長14.9mと県内最長である。 文化財 国指定史跡 時代 古墳後期
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田辺寺塔跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
奈良時代に創建された和光寺の塔跡と伝えられる。境内に塔心礎がある。 文化財 都道府県指定史跡 時代 奈良
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馬取遺跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
貝塚を中心とした遺跡で,当時の狩漁生活の様子がうかがえる。 文化財 都道府県指定史跡 時代 縄文早~晩期
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姫谷焼窯跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
日本の初期色絵磁器を焼いた陶磁器焼成窯跡である。付近にある墓標は、陶工市右衛門のものと伝えられている。 文化財 都道府県指定史跡 時代 江戸時代
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宮の前廃寺跡
広島県 福山・尾道
- 史跡
古代寺院跡で,塔跡,金堂跡のせん積の基壇が残され,「紀臣和古女」などの文字を刻んだ瓦も出土した。 文化財 国指定史跡 時代 奈良時代~平安時代
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福山城
広島県 福山・尾道
- 城郭
元和8年(1622)に築城。伏見櫓,筋鉄御門は,京都伏見城から移されたもので重要文化財。5層の天守閣は戦災で焼失したが再建され,内部は郷土博物館として歴代藩主の遺品,草戸千軒町遺跡からの出土品が展示されている。◎水野勝成(1564-1651)安土桃山・江戸初期の大名。関ケ原の戦,大坂夏の陣で数々の功を挙げ,元和5年,福山に移封された。福山藩祖。 滞在(見学)時間 30?60分。 ※現在,福山城博物館については,大規模リニューアルのため,閉館中(2022年8月28日リニューアルオープン予定) 【料金】 大人: 200円 ※現在,大規模リニューアルのため閉館中。(2022年8月28日リニューアルオープン予定)※福山城博物館入館料団体(20名以上)160円、高校生以下無料※特別展は別途料金が必要・湯殿(2,080円~2,930円 ) ・月見櫓(1,460円~3,130円)・福寿会館(880円~4,840円)
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青陰城址
広島県 福山・尾道
- 史跡
村上水軍の本拠地であった城。本丸跡などの遺構が残り、眺望がよい。 因島のほぼ中央部、風呂山と龍王山にはさまれた標高275.7mの青影山頂にあり、三庄方面を除く島のほぼ全域及び周辺海域が見渡せる眺望のきく場所に位置し、現存する郭は、龍王山との間を急崖で区切った三の丸を西端に、幅15m長さ32m本丸があり、東に46mの通路の先が幅13m縦26mの二の丸、一段さがって屋敷跡と考えられる郭、更に一の木戸があったと伝えられる削平地に達する。また、二の木戸を南に下ると、今岡氏屋敷跡と伝えられる削平地があるが崩壊が甚だしい。 遺跡に関する伝承等 城は、島の中央にあり、海賊城ではなく、もとは長崎城・青木城・余崎城などの見張り連絡の場所であったが、のち因島村上氏が小規模ながら戦国大名の性格をもつと、本城の役割をはたすようになったのだろう。 城主は村上水軍第一家老1430貫を領した、救井太郎左衛門尉源義親であったと伝えている。 時代 室町
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