群馬県の文化史跡・遺跡 スポット 20選
-
鶉古城跡
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 城郭
鶉古城は、多々良沼に突き出た半島状の台地を利用した城です。鎌倉後期の宝筐印搭の一部や室町期の五輪塔、板碑などが残っています。鎌倉末期、北条高時の弟僧慧性(えしょう)とその弟荒間朝春(ともはる)が城を築き、その後、多々良忠致(ただむね)の居城となり、戦国時代には小曽根玄番允正好(げんばのじょうまさよし)が城主でしたが、天正18年(1590)廃城となりました。 文化財 市区町村指定史跡
-
小泉城址
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 史跡
延徳元年(1489)冨岡主税介直光が築城。以後秀光、秀信、秀親、秀高が継いだ。天正18年(1590)、秀高は小田原篭城軍に従い、小泉城も落城。 時代 1489~1590
-
北山古墳
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 史跡
湯之入の丘陵中腹にある横穴式円墳。 時代 古墳
-
生品神社境内
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 史跡
新田義貞が鎌倉攻めをした時に旗挙げをした地とされる。 文化財 国指定史跡 時代 鎌倉
-
二ツ山古墳
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 史跡
畑地と雑木林に囲まれた前方後円墳。全長74m。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳 料金/見学時間/休業日 無料
-
清水街道
群馬県 水上・月夜野・猿ヶ京・法師
- 旧街道
途中までは車で行けるが、その先は遊歩道・登山道になっている。
-
矢瀬遺跡
群馬県 水上・月夜野・猿ヶ京・法師
- 史跡
現在は埋め戻されている。集落、水場、祭祀場などでひとつのムラを形成している。木柱根などの出土遺物の一部を郷土歴史資料館に展示。 【料金】 無料
-
新田本陣
群馬県 四万・吾妻・川原湯
- 史跡
平形丹波の子作右衛門の子孫が現存し、資料什器等も多数残っている。建物・門・書院等そのままの状態で残っている。 時代 江戸
-
鎌原観音堂
群馬県 万座・嬬恋・北軽井沢
- 史跡
天明3年浅間山が大噴火をし、そのとき、鎌原村は土石なだれによって流されてしまった。この観音堂は丘にあったため残ったもので、当時50段あった石段は、土石なだれにより15段しか地上に表われていない。爆発と同時にここへ難をのがれて、当時住んでいた570人の内、助かった村人はわずか93人だった。 時代 江戸
-
岩櫃城跡
群馬県 四万・吾妻・川原湯
- 史跡
岩櫃城が国指定史跡・続日本百名城に認定されました。 鎌倉時代、吾妻太郎助亮が築城。その後、行盛が城主になったが、貞和5年(1349)里見氏に攻められ自害。その子が城を奪回し六代続くものの、武田の将真田幸隆の攻撃をうけて落城。 その後真田氏が支配し、武田領内の三堅城といわれた。現在は本丸跡や堅堀などの遺構が残っている。 時代 室町
-
旧中山道(坂本~熊野神社)
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 旧街道
坂本宿から熊野神社まで残る旧中山道の難所碓氷峠。途中には、峠道ならではのさまざまな遺産が木漏れ日の中に残されています。昭和61年には「日本の道百選(歴史の道)」にも指定されました。この峠道は、毎年5月第2日曜日に行われる安政遠足(侍マラソン)のコースにもなっています。 【規模】延長7.5km
-
碓氷関所跡
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
碓氷関所跡は元和9年(1623年)徳川秀忠により横川の地に設置され、明治の廃関までの間、東海道は箱根の関所と並び、中山道の最重要地点として「入り鉄砲と出女」を取り締まりました。現在では関門が復元され、資料館と併せて往時を今に伝えています。 文化財 都道府県指定史跡 作成年代: 江戸時代
-
天王塚古墳
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
神明塚といい彦狭王の御陵と伝えられる前方後円墳で、全長76m。前方部幅39m、後円部径50m。 時代 古墳
-
国峯城址
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
戦国時代、土地の豪族小幡氏が居城した。武田信玄が西上州に侵入したとき、最初に攻略。以後、信玄に従った小幡氏は武田軍の主幹となり、鎧も指物も真っ赤に染めたいわゆる赤武者として武勇をはせた。その勇猛ぶりにあやかった、徳川勢の井伊直政がこれを井伊の赤備えとして採用した話は有名だ。国峯城は小田原の役後に廃城となった。 時代 室町時代
-
法華経供養遺跡
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
地蔵堂にあり,長岡大学が法華経千部を読誦供養した。 文化財 都道府県指定史跡 時代 江戸時代初期
-
織田宗家七代の墓
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
甘楽町中心街の南外れ、今は焼失した臨済宗崇福寺境内にある。小幡は1615(元和元)年織田信雄が2万石で藩主になってから1767(明和4)年信浮の代に出羽高畑に移封するまで152年にわたって織田家七代の支配地であった。墓は初代信雄から七代の信富までのもので五輪塔型をしている。令和2年度に改修工事を行い、境内整備が完了した。 時代 江戸初期
-
上州姫街道
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 旧街道
旧中仙道の脇往還(別名「下仁田道」)。中山道本庄宿(埼玉県本庄市)から下仁田宿へ通じ、砥沢(群馬県南牧村)を経て余地峠へと至るルートと本宿へ至り和美峠道と内山峠を超えるルートへ分岐した。碓氷峠道に比べ、婦女子の通行統制がゆるやかだったことから、女性旅行者によく利用された。西牧関所跡がある。 【規模】延長25km
-
荒船風穴
群馬県 藤岡・碓氷・磯部・妙義
- 史跡
荒船風穴は明治38(1905)年から大正3(1914)年にかけて3基の風穴が造られ、当時日本最大規模を誇った。天然の冷風を利用した蚕種(蚕の卵)の貯蔵施設で羽化の時期を調節することにより養蚕の多数回化を可能にした。養蚕の発展に大きく貢献したことが認められ平成26(2014)年6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として世界文化遺産に登録された。現在でも当時と変わらぬ冷風を体感することができる。 【料金】 大人: 500円 高校生以下、下仁田町在住の方は無料。PayPayでの支払いも可能。
-
神流川古戦場
群馬県 前橋・高崎・伊勢崎・太田・榛名
- 史跡
天正10年、滝川一益と北条氏直軍が戦った碑がある。 時代 安土桃山
-
八木沢清水縄文時代住居跡
群馬県 渋川・伊香保
- 史跡
小野子山と子持山が裾野を接する標高約460メートルの丘陵に位置し、昭和51年に養魚池の掘削工事に伴って発掘調査が行われ、縄文時代の竪穴住居1棟のほか、土坑2基、陥穴(おとしあな)1基などが発見されました。 中でも竪穴住居跡は、群馬県で初めての撚糸文(よりいともん)土器段階の調査例となりました。住居跡は直径4.5メートル×5メートルのややいびつな円形で、柱穴はありますが、住居内部に炉はつくられていません。この時期には まだ住居の中で火をたくことが習慣化していなかったようです。撚糸文土器のほかに中部地方に多く分布する押型文(おしがたもん)土器も出土しています。 文化財 都道府県指定史跡 時代 縄文時代早期
群馬県の文化史跡・遺跡探し
群馬県で体験できる文化史跡・遺跡の店舗一覧です。
アソビュー!は、群馬県にて文化史跡・遺跡が体験できる場所を取り寄せ、価格、人気順、エリア、クーポン情報で検索・比較し、あなたにピッタリの群馬県で文化史跡・遺跡を体験できる企業をご紹介する、国内最大級のレジャー検索サイトです。記憶に残る経験をアソビュー!で体験し、新しい思い出を作りましょう!
アクティビティの予約、レジャーチケットの購入なら日本最大の遊びのマーケットプレイス「アソビュー!」にお任せ。パラグライダーやラフティングなどのアウトドア、陶芸体験などの文化体験、遊園地・水族館などのレジャー施設、日帰り温泉などを約15,000プランを比較・購入することができます。