新潟県の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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桐沢城址
新潟県 南魚沼・十日町・津南(六日町)
- 史跡
標高478m、八色原扇状地の要に位置し、北に雷土城、南は大崎を窺う要衝である。南北朝時代に築かれたと伝えられ、上杉氏の家臣楡井氏の居城が伝えられている。
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蟻子山古墳群
新潟県 南魚沼・十日町・津南(六日町)
- 史跡
蟻子山にある古墳群で、飯綱山古墳群とともに、魚沼地方の代表的遺跡である。いずれも古墳時代後期に属し、6世紀中ごろから、7世紀中ごろのものと推定される。
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木食行道遺作地蔵菩薩像
新潟県 佐渡
- 史跡
木食行道(もくじきぎょうどう)の作で、子どもを抱いた子育地蔵です。 材は、トチノキで、高さは18cm、木地のままです。 背面には次の墨書があります。 「慈眼視衆生 天明3年 梵字 福集海無量 木食行道」 その他 駐車場 普通車:有り(無料) 大型車:有り(無料) 【市指定文化財有形文化財美術工芸品(彫刻)】 ●指定年月日:平成16年3月1日
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村上城跡
新潟県 瀬波・村上・岩船
- 史跡
村上城は、標高135mの臥牛山(がぎゅうさん)に築かれた城で、築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。 戦国時代には本庄氏の本拠地として、永禄11年(1568年)の上杉謙信との篭城戦(ろうじょうせん)など、幾たびも戦いが繰り広げられました。 江戸時代に入ると、村上氏・堀氏・松平氏らの城主によって城の改造と城下町の建設が行われ、村上城は北越後(きたえちご)の中心拠点として整備されました。その後も、たびたび城主が交代しますが、享保5年(1720年)以後は内藤氏が代々城主を務め、明治維新を迎えます。 現在、天守櫓(てんしゅやぐら)・門などの城郭建造物は存在しませんが、城跡一帯には戦国時代に築かれた竪堀(たてぼり)・虎口(こぐち)などの遺構と、江戸時代に築かれた石垣の遺構が混在して残り、その姿が貴重であるとして、平成5年に村上城跡は国史跡に指定されました。 また、平成12年からは、破損がみられる臥牛山上の石垣を積み直す修理工事が開始され、現在も継続して工事が行なわれています。 山麓から山頂までは徒歩約20分で、小鳥のさえずりと豊かな緑に包まれた城跡は、訪れた人の憩いの場となっています。 その他 駐車場 普通車:有り 大型車:通行不可
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深鉢形土器
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
昭和11年、馬高遺跡から近藤篤三郎によって発掘された高さ29.5cm、口径30cmの縄文土器。4単位の華麗な把手装飾と口縁の連続波形、及び隆線による体部全面装飾は寸部の隙もない文様構成をしている。この土器は新潟県を中心として分布する「火焔土器」と呼称される土器群の基準となる遺品である。 駐車場 普通車:有り
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入沢一族と池田謙斎生誕の地(入沢記念庭園)
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
西野の入沢一族は医学界のために大きな功績を残した。 中でも謙斎(1841~1918・津和野藩、池田玄仲の養子となる)は、西洋医学を修め明治新政府に登用され、軍医監を経て、帝大医学部総理となった。明治19年に明治天皇の侍医となり、日本での医学博士第一号を受けた名誉ある人である。 甥の達吉(1865~1939)は、東京帝大の医学部長、日本内科学会会頭などを歴任し、大正天皇の待医頭(じいのかみ)となって天皇崩御まで献身的に尽力した。 その他 駐車場 普通車:有り 市指定文化財(記念物-史跡) ※平成7年10月9日指定
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西国33番ミニ霊場めぐり
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
龍光院境内にある西国33番ミニ霊園。遊歩道に沿って点在している石仏をめぐります。 その他 駐車場 普通車:なし
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栖吉城跡
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
長岡市街地から東方約7kmの栖吉集落の東にそびえる城山にある古志長尾氏の本拠である。慶長三年、上杉家の会津移封により廃された。 駐車場 普通車:なし
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男釜・女釜
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
珍しい海蝕洞内の波蝕台上に刻まれた波蝕鴎穴で、弥彦神社のご祭神がこの地に上陸され、村人に塩たきの術を授けられた跡とも伝えられている。 ●男釜(径170cm)・女釜(径130cm):洞内鴎穴9ヶ所 ※昭和59年実測 駐車場 普通車:無し 市指定文化財(天然記念物) ※昭和59年4月1日指定
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木食行道遺作地蔵菩薩像(佐渡市両津夷)
新潟県 佐渡
- 史跡
木食行道(もくじきぎょうどう)の作で、像の高さ34cm、木地のままで背面の文字は不明です。 地蔵堂に本尊仏として安置され、毎月3回、崇拝者による回向が続けられています。
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木食行道遺作大黒天像(佐渡市梅津)
新潟県 佐渡
- 史跡
この像は、木食行道の作で、高さは94.5cm、木地のままです。 背面には次の墨書があります。 「慈視衆生天明4年辰7月吉日梵字(9字)三界無庵無仏福集海無量木食行道花押」
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両津港
新潟県 佐渡
- 史跡
新潟県佐渡市の東北に深く入り込んだ両津湾の最奥部に位置する港。古くから夷港と呼ばれ商・漁港として栄えてきたこの港は、現在でもピーク時には、1日あたりカーフェリーが7往復、ジェットフォイルが9往復し、佐渡の玄関口として物流・人流の拠点となっている。南ふ頭にある「おんでこドーム」をはじめ、2015年には佐渡の観光情報を発信する施設として「あいぽーと佐渡」が北ふ頭にオープンするなど、観光スポットとしても注目を集める港だ。
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天寿園
新潟県 新潟・月岡・阿賀野川
- 史跡
新潟県新潟市にある庭園センター。悠久の歴史と伝統にはぐくまれた中国庭園と四季折々の風情を楽しめる日本庭園がある。中国庭園は、北京市による設計で、施工や資材も全て中国から取り寄せた本格庭園。日本庭園は広大な池と滝を中心とした築山林泉式庭園。豊富な水量の滝の横には、茶室や茶寮が設けられている。産後ママヨガやゆるりヨガなども開催されており、菅井柳翠氏の「龍虎」も展示されている。
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古津八幡山遺跡
新潟県 新潟・月岡・阿賀野川
- 史跡
古津八幡山遺跡は弥生時代後期の大規模な高地性環濠集落です。 弥生時代から古墳時代への変遷や、他の地域との交流を知るうえで重要な遺跡として評価されており、平成17年7月に国の史跡に指定されました。
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焼鮒の旧跡
新潟県 新潟・月岡・阿賀野川
- 史跡
「焼鮒」は新潟県内に伝わる「越後七不思議」のひとつ。 親鸞聖人を見送る宴席で、信徒が料理として出した“焼いた鮒”を聖人が池に放したところ、生き返り泳ぎ出したとの伝承があります。 その際、二又になった榎に聖人が袈裟を掛けたところ、一方の幹には聖人の姿、他方の幹には鮒が浮び上がっていたと伝えられます。 平安期より27代にわたって田代家に伝わっています。
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天神山城址
新潟県 新潟・月岡・阿賀野川
- 史跡
天神山城は、西蒲区石瀬と岩室温泉の境にそびえている海抜234mの堅固な山城で、中世の城郭跡がほぼ完全な姿が残っている。南北に走る尾根には大小7本の空壕が配され、その頂上に本丸があり、枯渇しない水源、瓢箪池がある。 仁平3年(1153年)、源三位頼政の弟小国頼行がこの山に城を築き、嫡子兵庫頭定頼を住まわせた。慶長3年(1598年)、秀吉の命により上杉家が会津に移封されたとき、城主大国実頼もこれに従った。 標高/234m
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右はやひこの道標
新潟県 新潟・月岡・阿賀野川
- 史跡
伏部のはずれ竹野町へ至る里道の三叉路に松野尾より続き、ここでも「右はやひこ」の道標をみることができる。
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荒屋遺跡
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
今から約1万3千年前の後期旧石器時代の遺跡で、学術上極めて貴重な文化的遺産です。 遺物の細石器に特徴があり、細石刃を伴って出土する彫刻刀は、芹沢長介氏によって「荒屋型彫刻刀」と命名されました。 この彫刻刀は、バイカル湖付近や北海道に広く分布することから数度の氷河期に人々が南下したのではないかと考えられています。 ※平成16年2月27日 国史跡指定
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西倉遺跡
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
今から約1万年前の縄文時代草創期の遺跡で、指の爪で模様をつけたと考えられる爪型文土器に特色があります。
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菊屋五十嵐家跡聚感園
新潟県 柏崎・寺泊・長岡・魚沼(湯之谷)
- 史跡
北越の豪族、五十嵐氏(菊屋)の草創以来、住居した邸跡で、千年の歴史を刻み、順徳上皇行宮の際おすごしになった地で歌碑もある。また、源義経・弁慶主従が北国落ちの時に宿され、弁慶自ら掘ったといわれる井戸がある。
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