吉見町(比企郡)のレジャー・遊び・体験 スポット 20選
-
吉見ゴルフ場
埼玉県 飯能
- ゴルフ その他
ホール数:18
-
安楽寺三重塔
埼玉県 飯能
- 観光施設
坂東三十三か所11番札所である安楽寺は吉見観音として親しまれ,境内の三重塔は高さ17mの朱塗の塔。 文化財 その他 県指定文化財
-
息障院(伝範頼館跡)
埼玉県 飯能
- お寺・寺院・仏閣
吉見町大字御所地内の息障院がある一帯が、源範頼の居館跡と伝えられている。源範頼は頼朝の弟で平治の乱後、岩殿山に逃げ比企氏の庇護によって成長した。頼朝が鎌倉で勢力を得た後も吉見に住んでいたと思われ、館を中心とするこの地を御所と呼ぶようになったと言われている。範頼は遠江国蒲御厨かばのみくりや(浜松市)で生まれたことから 蒲冠者(かばのかじゃ) とも言われているが、頼朝・義経の生涯が良く知られていることに対して、不明なことや謎とされていることが多い。源平の合戦では義経と共に平氏追討軍を指揮していたが、頼朝が征夷大将軍になると謀反の疑いをかけられ、建久四年(1193年)8月に伊豆に流された。範頼のその後については不明であり「修善寺で自刃」「現横浜市の太寧寺(だいねいじ)で自刃」「伊予国(愛媛県)の河野氏を頼り、そこで没した」「北本市石戸宿で没した」などの諸説がある。範頼没後はその子範円(のりかど)一説には範国(のりくに)、 為頼(ためより)、義春(よしはる) 、義世(よしよ)に至る五代がこの館跡に居住し、範円以降は吉見氏を称した。永仁四年(1296年)、範円の孫義春が謀反の罪で殺害され、次いで義春の子義世も謀反の罪で捕らえられ殺されるなど、北条氏の弾圧を受けた。現在の息障院がこの地に移ったのは、室町時代の明徳年間と伝えられるが、今なおこの寺の周囲には、範頼の館建立時に作られた堀の一部等が残っている。
-
いちごの里よしみのいちごジャム
埼玉県 飯能
- 特産物・特産品
無添加・無着色「吉見いちご」100%のジャム。 休業 12月30日~1月4日 時期 通年
-
地粉うどん
埼玉県 飯能
- 特産物・特産品
塩水だけでこねた地粉のうどんは、素朴な旨みと力強いコシが特徴です。道の駅内の食事処で食べられるこのうどんは、季節限定のメニューも好評です。 営業時間 3月~10月 11:00~16:00 休日(土、日、祝日)は、18:00まで 受付時間 11月~2月 11:00~16:00 休日(土、日、祝日)は、17:00まで
-
吉見町埋蔵文化財センター
埼玉県 飯能
- 博物館
吉見百穴構内にある吉見町埋蔵文化財センターは、町内の貴重な文化財を展示や企画展等を開催している。埴輪や勾玉の手作りできる体験コーナーあり 料金: 百穴入館料が別途かかります。 営業時間 2018年4月1日~2019年3月31日 8:30~17:00 年末年始休館
-
国指定史跡「比企城館跡群 松山城跡」
埼玉県 飯能
- 城郭
松山城跡は、比企丘陵の先端に築かれた北武蔵地方屈指の平山城。平成20年に、国指定であった菅谷館跡(嵐山町)に、杉山城跡(嵐山町)、小倉城跡(ときがわ町・嵐山町・小川町)とともに加わり、比企城館跡群として国指定史跡となる。城の周囲は市野川が形成した低湿地帯が広がり天然の要害を形成している。現状の城の縄張りは、後北条氏による大改修によって形成されたものと思われ、本曲輪を初め多くの平場や空掘などが大変良好な状態で残っている。「鎌倉大草紙」には、応永23年の鎌倉六本松の合戦において「松山城主上田上野介討死」とあることから、応永年間(1394~1428)には松山城は存在していたと推定される。しかしながら、この頃の文献資料は極めて乏しく詳細なことは不明である。歴史的には、室町幕府の要職にあった公方足利氏、扇谷・山内両上杉氏が衰退し、戦国大名の代表とされる後北条氏が興隆する時期からその名を中世史に登場させたと言える。 天文年間(1532~1555)以降の文献資料は豊富で、その中には、扇谷・山内両上杉氏、後北条氏、甲斐の武田氏、越後上杉氏の名も見られる。特に、天文6年(1537年)に小田原の北条氏綱が江戸城・川越城を落とし松山城を攻めたことは有名である。その後も後北条・越後上杉などによる度重なる合戦によって支配者が頻繁に変わったが、後北条勢力下の上田氏の支配下にあることが多かった。松山城をめぐる攻防は大変激しく、ここが北武蔵地域の要所であったことが伺える。天正18年(1590)、豊臣秀吉による関東攻略の際、前田利家・上杉景勝などの軍勢が攻め落とし、小田原に本拠を構えた後北条氏は滅亡した。その後、徳川家康が関東に入り松平家広を松山城主としたが、弟の松平忠頼のときに浜松に移封され慶長6年(1601)に廃城となった。
-
吉見町民会館「フレサよしみ」
埼玉県 飯能
- 近代建築
町民の芸術文化発信拠点として2005年4月にオープン。この建物はホワイエやロビー空間等、可能性を有している全ての場所を活動の場と位置付け、それらのスペースを蛇行する連続空間の中に、配置することで、柔らかな一体感の形成と、様々なコミュニケーションを誘発する計画としている。この蛇行している平面形は、周辺に広がる風景を建物内部に取り込むと共に、土・芝生・水といったテーマを持った3つの特徴的な外部空間を生み出している。 営業 9:00~21:30 定休日 月曜日及び年末年始 イベント施設 ホール1 定員582名 イベント施設 ホール1 定員150名 イベント施設 ホール1 定員70名 室内施設 会議室5 定員12名~定員50名
-
ヒカリゴケ
埼玉県 飯能
- 植物観察
吉見百穴のうち,2?3ケ所の横穴に自生している。緑色のコケが日中黄金色に輝くことからこの名がつけられた。また,関東平野での自生は植物分布上きわめて貴重とされている。 【料金】 大人: 300円 中学生年齢以上 子供: 200円 小学生年齢※小学生未満無料
-
吉見百穴
埼玉県 飯能
- 史跡
古墳時代後期?終末期に造られた横穴墓群で、大正12年3月7日に国の史跡に指定されています。現在は219基の穴が確認されています。吉見町を代表する史跡であり、各横穴は、玄室・羨道の2部分からなり玄室は広さが4?6平方m内外、8つの形式がとられ棺座をもつものが多い。その一部にヒカリゴケが自生している。 ◎ヒカリゴケ・・・穴の一部に自生(天然記念物) ◎地下軍需工場跡地・・・埼玉県クールスポット100選にも選ばれ、夏でもヒンヤリ15℃。多くのドラマ、ミュージックビデオなどの撮影にも使われ、知らずのうちに目にしていることもあるかもしれません。 【料金】 大人: 300円 中学生年齢以上 子供: 200円 小学生年齢以上※小学生未満無料
-
松山城跡
埼玉県 飯能
- 史跡
本格的な築城は応永6年(1399)と見られる。築城者は大河原安戸城主の上田友直。「松山城風流歌合戦」ののち,武蔵における後北条氏の拠点となり,永禄年間に上杉謙信に攻略され,これを氏康が奪還,さらに小田原合戦で落城,慶長6年(1601)に廃城となった。中世以来の古城にしては城址はよく保存されている。現在丘の頂上に城跡の碑が立ち,土塁・空堀などが残る。平成20年3月に比企城館跡群の一つとして国指定史跡となった。 時代 1399
-
吉見観音(安楽寺)
埼玉県 飯能
- お寺・寺院・仏閣
岩殿山安楽寺は坂東11番の札所で古くから吉見観音の名で親しまれてきた。本尊は聖観世音菩薩で、吉見観音縁起によると、今から約1200年前に行基菩薩がこの地に観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたことが始まりとしている。平安時代の末期には、源頼朝の弟範頼がその幼少期に身を隠していたと伝えられ、安楽寺の東約500mには「伝範頼館跡」と呼ばれる息障院がある。この息障院と安楽寺は、かつては一つの大寺院を形成していたことが知られている。天文6年(1537年)後北条氏が松山城を攻めた際に、その戦乱によって全ての伽藍が消失し、江戸時代に本堂・三重塔・仁王門が現在の位置に再建されたと伝えられている。毎年6月18日は「厄除け朝観音御開帳」が行われ、この日は古くから「厄除け団子」が売られている。現在でも、6月18日は安楽寺の長い参道に出店が立ち並び、深夜2時ごろから早朝にかけて大変な賑わいとなる。 文化財 都道府県指定重要文化財 本堂・三重塔・仁王門 創建年代 奈良
-
八丁湖
埼玉県 飯能
- 湖沼・湿原
春は桜が湖畔をつつみ、秋には紅葉が見事に広がります。約2km湖周は整備されており、ウォーキングやジョギングコースも設定されています。野鳥も多く訪れ、四季折々の自然を楽しむことができます。 【農業用水の溜池としては比企地方最大の人造湖】 【規模】面積:5
-
厄除け朝観音
埼玉県 飯能
- お祭り
吉見観音の名で親しまれている安楽寺本尊の御開帳の日に当たり、名物の厄除けだんごが販売される「厄除け朝観音」で賑わいます。この日は朝早くからお参りするほど御利益があるといわれており、夜明け前から多くの参拝者が訪れます。厄除けだんごは2時頃から売り出され、参道や境内は大いに賑わいます。このだんごを食べると1年間の厄落としができるともいわれています。
-
岩室観音
埼玉県 飯能
- お寺・寺院・仏閣
弘法大師が岩窟を選んで高さ一尺一寸(36.4cm)の観音像を彫刻してこの岩窟に納め、その名前を岩室山と号したと伝えられる。武蔵松山城跡跡主が代々信仰し護持していたと伝えられており、天正18年(1590年)豊臣秀吉が関東に出陣した際に武蔵松山城跡跡の落城に伴い建物の全てが焼失したといわれている。現在のお堂は江戸時代の寛文年間(1661〜1673年)に龍性院第三世堯音が近郷の信者の助力を得て再建したものと伝えられている。お堂の造りは懸造り様式で、江戸時代のものとしてはめずらしいものである。岩室観音は「比企西国三十三所観音札所」の第三番であるが、札所めぐりとしては「西国三十三所」「坂東三十三所」「秩父三十四所」が有名で、「比企西国三十三所」は、それほど知られてはいない。比企西国三十三所は、遠隔地を巡礼できない人々のために享保8年(1723年)に開設されたと言われており、江戸時代にはこうした地域ごとに完結する札所めぐりが数多く創設されたようである。また、ここには88体の石仏が収まっているが、これは四国八十八箇所の霊地に建てられた本尊を模したものである。この弘法大師が修行した四国八十八箇所を巡拝することを「遍路」と呼び、観音霊場を巡る「札所めぐり」とは区別される。.
-
岩室観音堂
埼玉県 飯能
- お寺・寺院・仏閣
-
道の駅 いちごの里よしみ
埼玉県 飯能
- 観光案内所
埼玉県比企郡吉見町に位置する「道の駅いちごの里よしみ」。施設名のとおり、いちご好きに嬉しいスポットです。 施設内には地元吉見町のいちごを使用した様々な商品が揃っています。中でも特に人気なのはいちごを贅沢に使ったソフトクリーム。甘みと酸味のバランスが絶妙な吉見産のいちごと、まろやかな北海道産のミルクがふんわりと絡まり合う絶品スイーツです。 いちごの里よしみには小さなお子様向けの施設も充実。いちごの城を模した遊具なども置かれており、親子でのお出かけにもぴったりです。 地元の旬の野菜を使用した天ぷらや、地粉を使ったうどんなど、地元の食材を活かした料理が堪能できる飲食店も。落ち着いた雰囲気で美味しい食事を味わえるほか、体験施設としてうどん作り体験も行われています。 いちごの宝庫のような、道の駅いちごの里よしみ。心ゆくまでいちごを楽しむことができる道の駅です。
-
内野きよし農園
埼玉県 飯能
- いちご狩り
埼玉県内有数のいちごの名産地として知られる吉見町にある観光いちご農園。通称「いちご街道」(県道33号東松山桶川線)からは北に3kmほど離れた位置にあり、川の土手から見下ろす場所にハウスが広がっている。埼玉県下では珍しい「天使のいちご」(白苺)をはじめ、「紅ほっぺ」や「かおり野」、「あまりん」などを栽培。例年1月から5月にかけていちご狩りで営業するほか、直売も行う。全国配送も可能。
-
横田農園
埼玉県 飯能
- いちご狩り
埼玉県吉見町にある農園。恵まれた土壌を活かして、「吉見いちご」や米を育てている。糖度が高く驚く方も多い「あまりん」や大きくて特に3月以降におすすめの「やよいひめ」、甘みと酸味のバランスが最高な「とちおとめ」、希少品種でもある「かおりん」の4種類を食べ比べることができるいちご狩りは人気。リピーターも多い。いちごの直売・オンラインショップでの販売あり。
-
さくら堤公園
埼玉県 飯能
- 公園
埼玉県吉見町にある桜の名所。1.8kmのふるさと歩道の脇に桜と菜の花が植えられており、春になると2つがコラボレーションした美しい景色が楽しめる。CMのロケ地として使われたことも。秋ヶ瀬公園と森林公園を繋ぐサイクリングコースがあり、サイクリングやジョギング、散歩を楽しむ人の姿が見られる。
吉見町(比企郡)のレジャー探し
吉見町(比企郡)で体験できる店舗一覧です。
アソビュー!は、吉見町(比企郡)にて体験できる場所を取り寄せ、価格、人気順、エリア、クーポン情報で検索・比較し、あなたにピッタリの吉見町(比企郡)で体験できる企業をご紹介する、国内最大級のレジャー検索サイトです。記憶に残る経験をアソビュー!で体験し、新しい思い出を作りましょう!
アクティビティの予約、レジャーチケットの購入なら日本最大の遊びのマーケットプレイス「アソビュー!」にお任せ。パラグライダーやラフティングなどのアウトドア、陶芸体験などの文化体験、遊園地・水族館などのレジャー施設、日帰り温泉などを約15,000プランを比較・購入することができます。