多古町(香取郡)のレジャー・遊び・体験 スポット 20選
-
ゴルフ倶楽部成田ハイツリー
千葉県 九十九里・銚子
- ゴルフ その他
ホール数:18
-
大童子峯右衛門の碑
千葉県 九十九里・銚子
- 観光施設
大童子は相撲の四股名で、実名は峰吉(1720~1789)といい、芝山町小原子の木川家に生まれ、体重六七貫(251kg)身長七尺二寸(2.18m)あって大関まで昇進した。若い頃の力持話を数々残し、晩年は故郷の不動尊の堂守をして平穏に過ごしたと言う。しかし佐原街道の傍のここに建てられたのは謎である。(芝山町史より抄出)
-
杓子塚
千葉県 九十九里・銚子
- 観光施設
全長82メートルの前方後円墳である。地元ではその形から杓子塚と呼んでいる。平成3年(1991)に千葉県指定史跡になった時、多古町教育委員会は次の様に記している。土師器の存在から4世紀後半、古墳時代前期の大型古墳で、東京湾岸と並んでこの地が大和政権の東国経営の拠点と常用しされてきたことを実証する資料である。そして、この地点から東北一帯は一大古墳群であったが、現在は畑地帯になっている。
-
崇石様
千葉県 九十九里・銚子
- 観光施設
町内でただ一社の流星(隕石)を祭神としている社である。伝えられるところによると、ある夏の夜、村中が突然真昼のように明るくなった。翌朝、焼けた草むらの中に赤茶けた石が2つ発見され、神秘の石としてその場所に神様として祀り、それからは村に嫁いで来た人は、鎮守の次にお参りするのが慣わしだったという。法光寺の古文書には、文化9年(1812)崇石大名神を勧請と記されている。
-
芭蕉句碑(南並木地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 観光施設
南並木の道路の分岐点に、道祖神の石宮が祀られている。句碑はこれと並んでいて、天保12年(1841)に芳薫亭梅堂他13名の有志によって建てられた。この地方は芭蕉十哲の一人杉山杉風の流れを汲む俳諧が流行し、幾つかの社中が結成された時代があった。そのあらわれの一つであろう。「雲おりおり 人を休る 月見哉」 はせ越
-
牛尾の蛇祭り
千葉県 九十九里・銚子
- 郷土芸能
毎年11月15日直前の日曜日、白幡神社と潮神社で、牛尾の蛇祭りが行われます。200年もの歴史をもつ神事で、五穀豊穣を祈願し、氏子の担いだ長さ8mの大蛇が暴れながら鎮守をめざします。前日両社の氏子がそれぞれの当番の家に集り、稲藁を用いて長さ約8mの大蛇を作り、尾に「天下泰平」「五穀豊穣」と書した剣を付け、仕上った大蛇はその夜、当番の家の座敷に飾り当日を待ちます。翌朝当番の家に集合した十数名の若者達は酒肴を振まわれ、合図がかかると座敷から大蛇を担ぎ出し、氏子中の童子が扮する素戔鳴尊の荒方、稲田姫に扮する女方を先頭に立て神社に向い、囃子方が後につづきます。神社までの道中、大蛇を担いだ若者達は酒の勢いもあって前後左右にもみながら暴れ廻ります。社前に至り、境内でひともみした後、鳥居に大蛇を巻きつけて一段落となります。 保存者 牛尾地区内四班による持ち回り 時期 2022年11月13日 11月第2日曜日
-
東京国際空港ゴルフ倶楽部
千葉県 九十九里・銚子
- ゴルフ その他
ホール数:18
-
松崎神社
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧東松崎村の鎮守である。社伝によると、このあたりが北条庄と呼ばれていた時代は、この庄の鎮守であった。勧請宝亀3年(772)旧称坂東稲荷本宮で郷社であった。坂上田村麻呂の祈願のことや、弘法大師が参拝の時に、社前に残した杖が「逆さ公孫樹」になったという話も伝えられている。60年毎に「神幸祭」が行われ、本殿は宝暦6年(1756)に再建されたと当時の「日記」に残されている。裏の前方後円墳は千葉県指定史跡で「北条塚古墳」という。
-
日枝大神(坂地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧坂村の鎮守である。「起原記」には、永禄2年(1559)に創建されたと記されていて、そのうえ明治32年(1899)参謀本部が測量の障碍になると境内の木を切った。その保証金で銅屋根にした等、軍の実測年代も記録している。更に本殿裏には、地元生れの歌人で若水牧水の直弟子ともいわれた春翆(細野憲司)の歌碑がある。両者の親交の深さは「牧水全集」に載せられた多数の手紙等でも知られる。「露志免里 ふかきがなか迩 咲多連て 秋能小草の みなうつくし貴」
-
諏訪神社(南中地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧南中村鴻巣集落の鎮守である。由緒については、唱和3年(1928)の区長報告書によると、昔、千葉胤貞がこの地に中城を築き、その鬼門の方角に守護神として祀った。千葉氏亡き後、葉木氏が氏神として自宅内に移したが、村人の信迎が厚かったので、天文年中(1532~1554)現在地に遷座したと記している。今も城跡を偲ばせる堀跡等が社周辺に点在している。
-
高皇産霊社(南借当地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧南借当村の鎮守である。由緒について「神社明細帳」には、寛永10年(1633)創立と記されているが、一説には合祀されている妙見社の方が古くから祀られていて、享徳、康正年中(1452~1456)中村但馬守が居城した中城の鬼門にこの地が当たるため、守護神として祀られたものとも言われている。
-
大師堂
千葉県 九十九里・銚子
- 観光施設
明和7年(1770)の縁起書もあり、弘法大師が全国行脚の折に立ち寄った伝説もあることから、石芋大師とも呼ばれている。法力により池中に供えられている芋が、冬でも青々と芽を吹いている。また、句碑の多いことでも有名で、「山路来て 何やらゆかし すみれ草 芭蕉」寛政8年(1796)裏面には宗瑞の隠語名がある。宗瑞の辞世「ほととぎす いでや明るき 西の空」「古池や 蛙とびこむ 水の音 芭蕉」文政6年(1823)裏面に「氷らぬは 氷らで寒し 水の音」「夕暮れは 空に声あれ 鐘に雲」他に2、3基は判読できなかった。
-
大宮大神
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧多古村の鎮守である。由緒について「社寺明細帳」には、祀神天正大神由緒不詳と記されている。城下町らしく、奉納物には藩士の名前が刻まれた物が多い。御神体ともいうべき天正皇太神御影軸には、大要次の様に書かれている。この掛物は文政6年(1823)に再表具したもので、正月祭日と4月のお田植神事の両祭礼日だけ別当所に渡すが、は御陣屋御宝庫に入置くものである。
-
諏訪神社(千田地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧千田村の鎮守である。由緒について「社寺明細帳」には、永承6年(1051)勧請、上・下総の境に鎭座、里俗境之宮と云、往古千田郷四十余村の鎮守・・・・・と書かれている。まさにその通りで、社に沿って南北に走る道路が、上総、下総、香取、山武、多古、芝山の国郡町の境になっている。そして村には、源頼朝公の仮屋の址等の伝説をいくつか伝え、隣村船越、牛尾の村の人々の先祖は、この村の出身者が多いと言われている。
-
妙見神社
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧南中村高田集落の鎮守である。由緒については、昭和3年(1928)の区長の報告書に、寛永10年(1633)佐倉城主土井大炊頭が勧請と記されている。この地は、飯土井城跡ともいわれ、栗山川流域の水田を一望できる高地にあり、また周辺の堀跡等からもそれを思わせるものがある。本尊は30cmほどの木製座像で「巨栄山徳成寺開基飯土井城々主千葉大隈守胤貞公後徳院殿日叡大居士建武三年(1336)十一月二十九日遷化」の位牌と共に安置されている。
-
六所大神
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧中村の鎮守である。祭神は伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冉命(いざなみのみこと)の夫婦神と、その子四神あわせて六神が祀られている。「神社明細帳」には由緒不詳とされているが、故波木宮司が書かれた「村社六所大神御記」には、承和年中(834~847)物部匝瑳連が中村郷の郷社として創祀・・・・・と記している。村人の崇敬の年の深さは奉納物によって知られ、なかには延喜式と刻字されたものもある。その立証はできないが、参道を囲む老杉は十分にその雰囲気を持っている。
-
椿神社
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧南玉造村の鎮守である。「椿大明神略縁起」によると、明暦3年(1657)7月7日村に住む野平賀衛門のもとに降臨した霊像を祀ったものであると書かれている。また、寛政7年(1795)筑前(福岡県)黒田家の嫡子が、この社のご霊験により誕生したといわれ、そのご利益を称えて石碑も建てられている。
-
稲荷神社(十余三地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧十余三区の鎮守である。この周辺は、古い馬牧であった地を、明治の初めに政府の後援によって開拓され、13番目であったことからこう名付けられた。明治4年(1871)に開拓の成功を祈って石宮を祀り、明治13年(1880)に生活も安定した頃に、改めて鎌ヶ谷市初富の豊作稲荷を分祀したといわれている。
-
星宮神社
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
旧一鍬田村の鎮守である。由緒について「社寺台帳」には、元和5年(1619)勧請と記されている。この村は取香牧に囲まれた野付村だけに古い風習が残り、その一つに境内やしろの三峰神社に毎年代参を送り、帰って来て当番は竹ヒゴで井形を作り、交わる4ヶ所に輪にした竹ヒゴを通した物を供えている。現在そのいわれを知るものはいない。
-
高皇産霊社(飯笹地区)
千葉県 九十九里・銚子
- 神社・神宮
郷土史家菅澤子之助氏の記録によると、応永元年(1394)創建で、別当は万福寺であったと記されていて、石段、鳥居、本殿を見ても当時の村人の信仰の深さが偲ばれる。社前の鈴には弘化乙巳(1845)飯笹陣屋大谷進太夫と刻まれており、区有文書に、宝暦2年(1752)から元治2年(1865)までの「御奉社日記」がある。
多古町(香取郡)のレジャー探し
多古町(香取郡)で体験できる店舗一覧です。
アソビュー!は、多古町(香取郡)にて体験できる場所を取り寄せ、価格、人気順、エリア、クーポン情報で検索・比較し、あなたにピッタリの多古町(香取郡)で体験できる企業をご紹介する、国内最大級のレジャー検索サイトです。記憶に残る経験をアソビュー!で体験し、新しい思い出を作りましょう!
アクティビティの予約、レジャーチケットの購入なら日本最大の遊びのマーケットプレイス「アソビュー!」にお任せ。パラグライダーやラフティングなどのアウトドア、陶芸体験などの文化体験、遊園地・水族館などのレジャー施設、日帰り温泉などを約15,000プランを比較・購入することができます。