和歌山市の文化史跡・遺跡 スポット 5選
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光恩寺庫裡
和歌山県 和歌山市・加太・和歌浦
- 史跡
紀伊吐前(はんざき)城主・津田監物が建て、監物の法号である光恩居士から光恩の部分を取って寺名としたといわれています。初代住職の信誉上人は松平家の出身であり、紀州藩祖徳川頼宣に学問を教えた学識高い人です。 入ってすぐ右にあるのが庫裡で、和歌山城の現存遺構として昭和46年(1971年)1月9日に和歌山市指定文化財(建造物)に指定されました。 和歌山城の建造物で戦争で焼かれずに残っているのは和歌山城内の岡口門とこの庫裏だけで、築後400年を経ても今なお頑強そのものです。 宗派 浄土宗 文化財 市町村指定重要文化財 和歌山城本丸御殿御台所を移築した建物(本瓦葺入母屋造) 作成年代: 江戸時代 指定年: 1971 1月 建築年代1 1951年(天正15年)
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鳴神貝塚
和歌山県 和歌山市・加太・和歌浦
- 史跡
鳴神貝塚は紀ノ川左岸、和歌山平野の中央部にある花山西麓に位置します。明治28(1895)年に近畿地方で初めて発見された貝塚として、昭和6(1931)年に国の史跡に指定されました。貝層の範囲は東西130m、南北100m(平成24(2012)12月現在)におよび、県内最大級の規模を誇ります。その後の調査(昭和27(1952)年、昭和40(1965)~41(1966)年度、45(1970)年度、平成16(2004)年度)の結果、人骨の埋葬された土杭や、縄文時代早期の貝層、縄文時代早期~晩期の土器を含む包含層を確認したことから、鳴神貝塚は縄文時代早期~晩期にかけて断続的に存続した縄文時代の集落遺跡の一部であると考えられます。
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和歌山城
和歌山県 和歌山市・加太・和歌浦
- 城郭
天正13年(1585)豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。徳川家康の第十男頼宣が入城して城郭の大改修を行ない、明治維新までの250年間徳川御三家の居城として偉容を誇り、その天守閣の華麗な姿は維新後においても、国宝に指定されていたが、惜しくも戦災により焼失した。現在の天守閣は、昭和33年再建されたものであるが、静水を湛える内堀や城郭を巡らす石垣は400年の歴史をそのままに伝えて居り、往時の隆盛を偲ばせるに充分な遺構である。国指定◎徳川頼宣(1602-1671)伏見生れ。紀州徳川家五十五万五千石の藩祖。徳川家康の第十子。南龍公という。◎徳川吉宗(1684-1751)和歌山生まれ。紀州五代藩主。紀州徳川家から将軍職を継ぐ。大岡忠相、青木昆陽らを用いて享保改革を行った。徳川幕府中興の祖。 【天守閣入場料】大人: 410円、子供(小中学生):200円
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岩橋千塚古墳群
和歌山県 和歌山市・加太・和歌浦
- 史跡
岩橋千塚古墳群は、特別史跡に指定されている古墳数800基を超える古墳群で、和歌山市東部の丘陵位置する。古墳の保存・活用のための博物館施設、紀伊風土記の丘があり、園内には、約430基の古墳がある。一部の古墳の石室は公開され、資料館などもある。 【資料館入館料】大人:190円 、大学生:90円(ただし、特別展開催時 一般360円、大学生220円)※高校生以下、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方、県内の外国人留学生・就学生は無料(それぞれ証明証提示が必要)
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四箇郷一里塚
和歌山県 和歌山市・加太・和歌浦
- 史跡
紀州藩祖徳川頼宣が築かせた里程標で、和歌山城京橋を起点として丁度一里の距離に設けられています。 元和5(1619)年和歌山の城主として徳川頼宣が入国すると,城廓の規模を拡張し,城下町の整備にとりかかったが、その時当時上方街道であったこの道路を整備し、嘉家作りの町から八軒家にいたる道の両側に松並木をつくり、一里塚を築いた。 藩主が参勤交代で江戸に赴く時、藩士たちはここまで来て一行を見送り、また帰国の時もここで出迎えた。一里塚が設けられた地点については知ることができても、塚の状態で保存されているものはきわめて少なく、近世交通遺跡として貴重な存在である。
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