嬉野・武雄の文化史跡・遺跡 スポット 14選
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キリシタン史跡
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
不動山地区にはキリシタンの伝説が数多く残され、当時の悲しみを伝える史跡が点在している。
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長崎街道小田宿
佐賀県 嬉野・武雄
- 旧街道
「小田宿」は、江戸時代には、長崎街道の宿場として栄え、シーボルトやケンペルをはじめとする様々な人々が行き交いました。 【規模】延長6km
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座禅石
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
室町時代初期(1358年)真空禅師無著妙融大和尚は諸国修行の折、当地に座禅石を発見して禅を修行。小城の山口大炊守は深く師に帰依し、二十石の領地を与え、龍澤寺を建立開山しました。 時代 室町
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十六羅漢石造物
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
龍澤寺12世中興歓室大悦大和尚の時,多久の家老が仏法に帰依し、十六羅漢像を寄進。座禅石の周囲に安置しました。
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筒江窯跡
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
筒江窯跡は、黒髪山東麓の筒江集落内にあり、集落内の窯ノ辻窯跡、新窯跡を含む筒江古窯跡群のひとつ。 筒江窯跡の規模は、全長60m以上で幅が10mほどであり、耐火粘土をレンガ状に焼いたトンバイで窯を築いた大規模な階段状連房式登窯。今でも1つの焼成室の奥壁が露出しており、高さ1mのところに30数個の通焔孔がみられる。染付や青磁を主体とする磁器窯として17世紀後半から明治15年(1882)頃まで操業しており、18世紀には青磁染付の碗・皿が中心に生産された。近年の調査では、韓国慶尚南道の通度寺から舎利具の容器として使われた碗が発見されている。 【料金】 無料
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住吉城趾
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
黒髪山の前峰、前平山(本城岳)の麓の丘陵地に設けられた城で、黒髪城とも言います。築城年代は不明ですが、後藤家の中核的居城でした。現在みられる遺構は、台地状の所に本郭があり、その周囲に幅約5m、深さ3?4mの空堀と土塁が五角形に廻らされ、北西と南西の2ヶ所に土橋が存在します。 【料金】 無料
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武雄城
佐賀県 嬉野・武雄
- 城郭
塚崎城とも呼ばれ、武雄鍋島家の居城であったが、一国一城令により本丸を壊し、以後武雄領主の居館となった。当時の石垣が今も残っている。
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長崎街道 塩田道 塚崎道
佐賀県 嬉野・武雄
- 旧街道
「長崎街道」は豊前国小倉(福岡県北九州市小倉北区)の常盤橋から肥前国長崎(長崎県長崎市)を結ぶ街道で、北九州市小倉江戸時代に整備された脇街道の一つである。57里(約223.8km)の道程で、途中に25の宿場が置かれた。江戸時代初期の開通時には、北方の手前で六角川に沿って南へと折れて塩田より塩田川を上り嬉野へと向かう塩田道が本道であったが、塩田川の度重なる氾濫によりたびたび通行が不可能となった。そのため、1705年(宝永2年)に、六角川支流の武雄川沿いに北方、そして当時から武雄温泉として賑わっていた塚崎を経由したあと南へ向かい嬉野へと至る塚崎道が作られ、こちらが本道となった。塩田道を通過する際の宿が、鳴瀬宿、塩田宿である。
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おつぼ山神籠石
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
昭和37年に全国で8番目の神籠石として発見され、翌38年に発掘調査が行われた。おつぼ山神籠石の列石は、総延長が1866mあり、一部列石が抜けて確認できないところがある。神籠石は文献に出てこない遺跡なので、築造の時期について異論があるが、7世紀後半の白村江の戦いに関連させる説が有力である。だが、築造の正確な年代や目的・性格など今日でも謎につつまれた遺跡で、私たちの歴史のロマンに駆りたててくれる貴重な遺産である。 時代 大和
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武雄神社の肥前鳥居
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
第1・3鳥居が肥前鳥居で、第2鳥居は明神鳥居と肥前鳥居の折衷形態となっている。肥前鳥居の特徴は、笠木と島木及び柱と貫がすべて三本継ぎとなっっており、木鼻が流線型になっていることである。 【第一鳥居】流鏑馬馬場の側、参道の入り口にあり、寛永18年(1641)に第22代武雄領主鍋島茂和によって建てられたものです。 【第三鳥居】武雄神社境内に登る階段の頂上にあり、肥前鳥居の素朴な美しさを最もよく表現しています。元和3年(1617)に第22代武雄領主鍋島茂和によって再建されたものです。 文化財 市町村指定重要文化財 時代 江戸
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玉島古墳
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
三方を水田に囲まれており、南北の径48m、東西の径42m、高さ9mの県下でも最大級の円墳です。墳丘は段築されたと考えられ、自然の小段丘を修飾加工し、墳頂から2mが盛土とみられています。墳丘からは埴輪片が出土していることから、古墳の築造は5世紀末頃と考えられています。
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肥前陶器窯跡
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
小峠窯と大谷窯の内田系、錆谷窯と土師場物原山の黒牟田系の4ヶ所は「肥前陶器窯跡」として昭和15年、国の史跡に指定されました。 【小峠窯跡】17世紀初頭から前半の操業 【大谷窯跡】17世紀後半が操業の下限 【錆谷窯跡】17世紀初頭頃の操業 【土師場物原山】窯で焼けた不良品を捨てたところ。江戸中期から後期のものが多い。
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龍王崎古墳群
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
250m×100m程の範囲に密集する約25基余りから成る群集墳
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俵坂関所跡
佐賀県 嬉野・武雄
- 史跡
西肥交通の要衝だった。石垣が残り碑が立つ。
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