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九州の文化史跡・遺跡 ランキング
九州の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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与論城跡
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
島南端の丘に長い石垣が1405~1416年の間に琉球北山王の三男王舅(オーシャン)によって築城されたといわれています。 北山滅亡のため未完成であったと考察されていますが、伏竜の形に積み上げられた石垣は、高台から与論島と沖縄を悠然と眺めているかのようです。 城跡の下は散策路も整備されており、断崖の自然の要塞は、穏やかな与論の風景にの中でも荘厳な雰囲気を醸し出しております。 城内にある境内では、年3回行われる国指定重要無形民俗文化財の「与論十五夜踊り」が奉納され、観光情報発信基地のサザンクロスセンターも隣接しています。 休業 無休 文化財 市町村指定重要文化財 時代 1400年代
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舵引き丘
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
この地はヨロン島誕生の地と言われています。 ここに立つと、南に国頭、沖縄本島、伊是名島、伊平屋島等、近くの島々が見渡すことができ、北側に沖永良部島、遥先に徳之島を望むことができます。
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ウフタ遺跡復元住居
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
ウフタIII遺跡は、平成7年に龍郷町赤尾木の農道(赤尾木~手広間)を建設する際に発掘調査されました。この調査で発見されたのが「石積み石囲い竪穴住居」です。サンゴ石などを積み上げて竪穴住居を造るのは、奄美や沖縄諸島の特徴ですが、この竪穴住居は部屋を区切って、母屋や倉庫・出入り口を作っており、多重の構造を持つという点で注目されます。 この復元住居は発掘調査報告書の図面や写真をもとに石積みや石囲いを復元し、現存する高倉や昭和30年代以前の奄美の住居の写真を参考にして屋根をかぶせました。 復元作業はPTA活動の一環として保護者や地域住民によって行われました。 時期 通年
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西郷南洲流謫跡
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
西郷隆盛が安政6(1859)年から文久元(1861)年まで奄美大島に身を潜めた際に過ごした屋敷跡。この間に西郷隆盛は愛加那を妻に迎え、菊次郎と菊草の二児をもうけました。建物の前面には勝安芳(海舟)が建てた石碑があり、建物内には西郷隆盛の遺品などが展示されています。 【料金】 大人: 200円 高校生以上 子供: 100円 小・中学生
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ウフタ遺跡
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
ウフタ遺跡は龍郷町赤尾木の砂丘上に位置し、縄文時代から弥生時代にかけての貝塚遺跡です。平成7年の調査では、縄文時代晩期と考えられる「石積み石囲い竪穴住居」が発見されました。この竪穴住居は良好な状態で見つかったため、奄美の縄文時代を語る上で貴重な資料となっています。 また、出土品には土器や貝製品・骨製品のほかに、佐賀県腰岳産の黒曜石もみつかっています。 文化財 その他 埋蔵文化財 作成年代: 縄文時代
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横峯遺跡
鹿児島県 種子島
- 史跡
種子島で初めて発見された旧石器時代の遺跡。発掘調査によって旧石器時代・縄文時代草創期・縄文時代早期という3つの時期にわたって、人がこの地に住んでいた跡が見つかりました。旧石器時代の層は3層確認され、特に種IV火山灰と呼ばれる約3万年前の火山灰の下にある層で見つかった礫群は、国内最古級の調理場跡の発見として大変注目を集めました。また、敲石や台石、磨石、礫器も見つかっています。3万年前の遺跡は全国的にも発見例が少なく、種子島の旧石器遺跡群は琉球列島の旧石器文化の成立やその性格・内容を研究するうえで、学術的に大変重要であることがわかっていて、後世に守り伝えていくべき貴重な文化遺産といわれています。
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上妻城址
鹿児島県 種子島
- 史跡
島間向方の島間小学校から豊受神社一帯の地形を利用した標高約75~110mに立地する山城です。現存するのは土塁(土塀)と堀切で、下城・内城・仮屋・水上などの地名が残っています。水上城・仮屋(居住場所)・内城(政務を行う)の3つの曲輪(周囲に土や石の囲いを設けた平地)が東西に連なっていて、さらに外城・殿川・桜園など合わせて6つの曲輪群で構成された山城と考えられています。 上妻城に関する記録は残されていませんが種子島家譜では肥後信基(種子島氏元祖)が北条時政から種子島・屋久島など南島12島を与えられた時、種子島地頭は大浦口氏で代官が上妻氏であったとされています。言い伝えではその代官(在島)だった上妻氏の居城だといわれていますが確証はありません。上妻城の特徴はその規模の大きさにあり、大隅諸島最大です。また、自然地形を利用し、堀切が深く、各曲輪の独立性が強い南九州地域に見られる中世城郭に類似しています。 時代 鎌倉
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貫門
鹿児島県 種子島
- 史跡
この門は、慶長2(1597)年の「豊臣秀吉朝鮮出兵」に際し、十六代島主種子島久時公率いる島津軍種子島勢の水手(船員)として従軍した網切吉右衛門の功績を立てたことにより作られました。南種子村沿革史に「御沙汰書を害虫に侵され其実績を詳にすることは能はざれども口碑によれば、我が種子島に於いて作りたる木船に乗り朝鮮興善島に押しかけたとき、敵、明軍は金網を張り防禦したが我が水手は能くそれを切り破り軍を進めたりぞ」との記述があります。帰島後、その功績を後世に伝えるため、久時公より代々、貫門を立てることを許可され、さらに網切の名と帯刀を許されることになったといわれています。門の形は2本の柱を立て、上方をくりぬき、貫を通した作りになっています。この型の門は、島主の許可がなければ立てられないものでした。 時代 1596年~1615年
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佐多旧薬園
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
藩主島津光久に献上されたリュウガンを植えたのが始まり。一名竜眼山、中国・熱帯アジア産の植物が多い。 時代 1687
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高山城跡
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
高山城は、18代にわたりこの地を治めた肝付氏の本拠地でした。城跡は1945年(昭和20年)国指定文化財になりました。 高山城は小高い丘陵地帯に築城されており、残された城跡は本丸・二の丸・山伏城・奥曲輪など が空堀で区画されているだけで建造物は残っていません。 築城年代は不明ですが、戦国末期の当主肝付兼続は、領国を最大(十数万石)にまで広げ、日向の飫肥城を制圧するなど、大隅半島全体を制するほどの勢力を誇っていました。 時代 1036
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横瀬古墳
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
古墳時代中期(5世紀後半)のもので、墳長が約140mで県内で2番目に大きい前方後円墳。明治時代に盗掘された際には、直刀・甲冑・勾玉類が出土したと言われており、その後の調査では周溝の存在も確認。また、墳丘や周溝から畿内地方の土器が出土したことや、大型の畿内的古墳であることから、被葬者は中央政権と深い結びつきのある相当の権力者と推測されています。 【料金】 無料
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宝満寺
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
奈良時代に建立された宝満寺は、現在では観音堂が再建されています。安産にご利益があるといわれ、県内外から多くの参拝客が訪れます。 文化財 その他 史跡名勝(都道府県) 時代 724~729
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廻城跡
鹿児島県 霧島
- 史跡
治承4年(1180年)源頼政の孫宗綱が廻村を賜ってからの山城。永禄4年(1561年)、この城を巡って島津氏と肝付氏の戦いがあった。 時代 平安~戦国時代
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熊襲の穴
鹿児島県 霧島
- 史跡
熊襲の首領川上タケルが日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に討たれた所といわれる場所。 時代 弥生
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高千穂河原
鹿児島県 霧島
- 史跡
霧島神宮のお宮があった所。大鳥居の奥に玉砂利が敷かれ、宮跡が祭られている。 時代 947年~957年
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高屋山上陵
鹿児島県 霧島
- 史跡
天津日高彦火々出見尊の御陵(お墓)とされ神代三山陵のひとつ。 時代 神代
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大口筋白銀坂(国指定史跡)
鹿児島県 霧島
- 旧街道
白銀坂は、鹿児島県姶良市脇元から鹿児島市宮之浦町までの石畳の残る旧街道です。この旧街道が通る山並みは、古代における薩摩国(鹿児島市側)と大隅国(姶良市側)の国境でした。また、戦国時代には、島津貴久や島津義弘などの武将たちがこの坂に陣を構えたといわれています。 江戸時代に入ると、白銀坂は鹿児島藩の主要街道である「大口筋」として整備され、藩内随一の難所として人々に知られていました。 「大口筋」とは、鹿児島城下から重富?帖佐?加治木?横川?大口?「亀坂峠」(熊本県)まで、全長約70kmの街道を指します。『鹿児島県史』によれば、江戸時代には「大口筋」の他に「出水筋」・「高岡筋」の街道があり、「これらにより、大阪・江戸へ連絡するには、通常、出水筋・大口筋では豊前小倉に、高岡筋では日向(宮崎)細島に出て、ともにそれより海路を取る」とあります。 【規模】3km(高低差300m以上)
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龍門司坂(国指定史跡)
鹿児島県 霧島
- 旧街道
大口筋の一部で、寛永12年(1635)に造られ、100年後に石が敷かれました。石は近くの樋ノ迫山から切り出され、全長は1500m余りと言われますが、現在は約500mが当時の姿で残っています。苔むした石畳と杉木立の景観が美しく、「篤姫」や「龍馬伝」といった歴代の大河ドラマのロケ地にもなり、2018年大河ドラマ「西郷どん」のロケ地にもなりました。明治10年(1877)には西郷隆盛の率いる薩軍がこの坂道を通って熊本へ向かいました。 【規模】長さ:486.8(全長約1500mのうち486.8mが当時の状態で残っています。)
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堂崎城
鹿児島県 北薩・川内
- 城郭
長島氏の居城。1565年島津氏の攻撃で落城。住時の姿を良く残している。 築城年代 南北朝~戦国
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経塚
鹿児島県 北薩・川内
- 史跡
5輪塔が3基建てられたが、現在は2基(1基復元)しか残っていない。 時代 江戸時代(1758年)
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