山形県の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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経ヶ蔵山経塚
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
標高474mの山で、古くからの修験の山です。頂上付近には「経瓶経塚」という所があり、ありがたいお経が入っているといわれています。 公開 5月~10月 時代 平安中期
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三崎山旧街道
山形県 酒田・鶴岡
- 旧街道
駒泣かせといわれた浜街道の難所。有耶無耶関跡があると言われている。 【規模】長さ1km
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小山崎遺跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
冷涼で高い地下水位酸素を遮断し、真空パックのように、通常では朽ち果ててしまう骨角器や漆製品が出土。その価値は東北日本海側随一であり現在も調査中。 時代 縄文時代早期~晩期(紀元前6500年~1000年)
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五輪塔
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
横山城主・武藤氏広の墓と言われている。 町文化財指定。 時代 天正年代
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横山城址
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
平地城で、面積は東西72m南北90mあったと伝えられている。 町文化財指定。 時代 1512
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蛇ニオ
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
三川町押切新田地区にある神の蛇が棲んでいるとされるわら積みのニオです。 蛇ニオとは藁ニオの中から双頭の蛇が現れたとの言い伝えから信仰されたといわれています。安産や防災、疫病除けに霊験顕かなことから多くの人から信仰を集めているといわれ、町指定の文化財となっています。
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丸岡城跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
丸岡地区には、鎌倉時代より、当地方を支配する武藤氏の支城がおかれていました。この丸岡にある天澤寺は、加藤家終焉の地としての史実とともに、「清正公が眠る菩提寺」として、全国から多くの参拝客が訪れます。参道では、禅の思想を具現化した理想的な人間像という十六大阿羅漢が出迎え、加藤清正公の墳墓(五輪塔)や清正閣をはじめ、綴錦織の世界的巨匠 遠藤虚籟の糸塚などがあり、秋深くなる頃、境内の大いちょうの木が黄金の美しい彩りを放ちます。
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玉川遣跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
先住民族石器時代の遺跡。 時代 縄文
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平形館跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
藤島城の支城と推定され、土塁が現存する館跡として貴重である。市指定史跡。 時代 鎌倉後期~室町初期
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添川館跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
南北朝時代~江戸時代まで、羽黒山上旬長吏・梅津中将、一栗兵部光勝等の居館となった。 居館で、現今は杉林となっているが、壕や井水が当時の面影を残す。 時代 南北朝
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古郡館跡
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
近世にいたり、藤島城の支城として重要な砦をなした。池神社の南側附近。池神社山門は市指定有形文化財となっている。 時代 奈良
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狩川城跡(楯山公園)
山形県 酒田・鶴岡
- 史跡
大堰をつくり庄内の農業に貢献した北楯大学利長公の居城跡。眺めのよい桜の名所。 室内施設 その他1 休憩施設 室外施設 その他1 野外ステージ 時代 1189年
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飯豊山の穴堰
山形県 米沢・置賜
- 史跡
今から約150年前、寛政10(1798)年、一代の名君米沢藩主上杉鷹山公が食糧増産を奨励しましたが、かんがい用水不足のため実績があがらず家臣黒井忠寄に命じて水利検分させ、翌11年深山山谷をぬって難工事が進められました。その後20年の歳月で文政元(1818)年8月完成しました。県指定文化財)。 現地を訪れる際は大日杉登山コースをおよそ6時間歩き、一度コースを離れる必要があります。また、融雪が済んだ8~10月頃しか露出しませんので、見学をお考えの方は十分な計画と装備をされるようお願いいたします。 時代 1799~1813
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萩生城址公園
山形県 米沢・置賜
- 史跡
中世の平城で、伊達家臣、国分氏が11代210年間にわたり居城した本拠です。伊達氏の移封と共に国分氏もそれに従いこの地を去り廃城になったといわれています。現在コミュニティセンターが建つ約2.4haの区画が本丸跡で、濠や土塁が残る公園となっています。 築城年代1 天授6年(1380年)
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草木塔
山形県 米沢・置賜
- 史跡
本県特有の文化遺産で、置賜地方に多くみられる。 諸説あるが、伐採採取された樹木や草木を供養するために上杉鷹山が奨励したといわれている。飯豊町内では、中津川地区に分布し、代表的な2基が町指定文化財。(小屋字小手屋、岩倉字塩ノ畑) 文化財 市町村指定重要文化財
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鮎貝城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
鮎貝氏(伊達政宗と争った)の城跡。 時代 室町~江戸
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黒沢峠の敷石道
山形県 米沢・置賜
- 史跡
越後米沢街道十三峠のひとつ『黒沢峠』は、江戸時代に敷かれた約3600段の敷石が今も残り、ブナ林の中に続く敷石の道は、歴史の道百選の中でも随一の美しさと評されています。
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下小松古墳群
山形県 米沢・置賜
- 史跡
前方後円墳17基を含む約200基の古墳が群集する、東北地方最大規模の古墳群です。 ヒメサユリ、ニッコウキスゲ、ハッチョウトンボ、チョウセンアカシジミなどの希少な動植物が生息する。自然観察にも最適な遊歩道が整備されている。 また古墳群の北東に位置する展望台(T-41号墳)は山形県眺望景観資産第2号に指定されており、米沢盆地を一望できる絶景スポットです。 文化財 国指定史跡 時代 5~6世紀
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原田城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
伊達家宿老原田氏の居城。平山城で三方が崖に囲まれ、規模は東西 350m・南北100mとされ、大手は南側、西が本丸、東が二の丸で、それぞれが空堀で区切られている。伊達家が岩出山に移る天正19年(1591年)まで米沢北郊の戦術的支城の役割を担った。最後の城主、原田左馬介宗時は18歳で家督を継ぎ、伊達政宗の軍事において顕著な戦功を挙げた。豊臣秀吉の朝鮮出兵の命により、文禄2年(1593年)7月伊達家臣団の一人として朝鮮半島の釜山へ渡ったが、間もなく病を患い、対馬で没した。 宗時の二代後にあたる原田甲斐宗輔は仙台藩伊達家の家老となり、1970年のNHK大河ドラマ『樅ノ木は残った』の主人公となった。 時代 室町
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小松城址
山形県 米沢・置賜
- 史跡
越後街道と長井街道の交差する要所に位置する小松城は、鎌倉時代に長井氏家臣舩山因幡守によって創建され、戦国時代にかけて米沢城の重要な支城の役割を担った。伊達時代には大町修理亮が七代にわたり治め、その後天文の乱で活躍した宿老桑折播磨守、朝廷より奥州守護代に任じられた牧野久仲ら文武兼備の重臣が城主を務め、外交の席で連歌の宴が催された。 元亀元年(1570年)小松城主牧野久仲の実父である中野宗時は連歌に興じていて米沢城に出仕せず、謀反を企て遠藤基信の暗殺を計ったが失敗し、小松城に篭城して小松城の戦いの舞台となった。(元亀の変)
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