島原・雲仙・小浜の趣味・習い事 スポット 20選
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旧大野木場小学校被災校舎
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
平成3年9月15日の大火砕流で被災した校舎を災害当時のまま保存しており、災害のツメ跡を今もまざまざと見せつけている。 【料金】 無料
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ソーメン流し
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 郷土料理
鮎帰りの滝,滝を見ながらの涼感を楽しむ。 時期 5上~9下
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萬勝
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 特産物・特産品
時期 通年
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飯野眼鏡橋
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 歴史的建造物
嘉永6年(1853)に島原街道を横断する新川に架けられた石橋。長さ約8m、幅約3mの単アーチ橋であり、公道に架けられた橋としては島原半島で最古級のものである。 【料金】 無料 【規模】長さ:7.9m、幅:橋幅2.9m、径間6.2m
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谷川キリシタン墓碑
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
花十字紋と「流しや」という名が刻まれた非常に丁寧な作りの墓碑。「流しや」とは「ルシヤ」のことであり、女性のクリスチャンネームである。 文化財 都道府県指定重要文化財
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浮立
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 郷土芸能
佐賀地方に伝わる面浮立はその歴史が明らかではないが,全国に類のない多様な分布をもつ民俗芸能である。北有馬町に伝わる浮立も,面浮立を伝承したものであることは郷土の史実がものがたっている。寛永20年島原の乱後,北有馬町折木に移住した,肥前佐嘉(佐賀)川副住人宮田利兵衛以下6名山神造立についての覚書によれば,秋の刈入れ前に五穀豊饒を祈願した農民信仰に発する宗教的色彩をもつものである。 保存者 北有馬町郷土芸能保存会 時期 10月7・8日
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ひょっつる
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 特産物・特産品
地元のワカメを使ったソーメン状のもので,100%ワカメで作られ,無添加,低カロリー食品。だしでそのまま食べてもよし,煮物や鍋物にも最適。
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古園宝篋印塔群
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
20数基の宝篋印塔群で,南北朝時代後半ころのものと思われる。キリスト教伝来前の有馬領には,数多くの神社仏閣があったが,キリシタン大名有馬晴信は,領内にあった40以上の神社仏閣を取り壊し,教会のために提供した。これらのものは,出土状況からみて仏教徒により,秘かに丁重に埋められた有馬氏の重臣たちのものではないかと言われている。 料金/見学時間/休業日 無料/10分/-
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先踊り
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 郷土芸能
寛文9年丹波国福知山より移封の松平忠房公が肥後の長洲から渡海し,多比良に到着された報せに,城下の有志町民が出迎えのため着のみ着のまま馳参じ殿の行列の先頭が踊りながら島原へ歓迎したのが発祥とされ300年の伝統をもつものである。作踊りは大正,昭和の2回にわたる御大典の際奉祝行事として先踊りが作踊りに変化し,豊年踊りに改作したもので,本来先踊りの武士の踊りの所作がみられず歌詞,所作とも豊年踊りである。原城一揆まつりにも登場する。 保存者 南有馬町先踊り保存会 時期 不定
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天草四郎像
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
益田時貞は小西行長の旧臣の子。通称天草四郎。洗礼名ジェロニモ。弱冠16歳で島原の乱の総大将におされ、原城に拠ったが、90日の篭城のすえ陥落、敗死した。本町出身の彫刻家で長崎平和祈念像で有名な北村西望氏の作品
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島原の乱供養碑(鈴木重成建立供養碑)
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
島原天草の乱後10年目、時の代官鈴木重成が珪文に請い禅僧100余人を集めて慰霊の読誦を行い土地を清め、碑文を建てた。 創建年代 1648年
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吉川キリシタン墓碑
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
無紋無銘の樽型キリシタン墓碑で,ヨーロッパに現存する長手平石にブドウ酒樽を横たえた形の一本石からなる樽型墓石と形式を同じとする数少ない墓石である。 文化財 都道府県指定史跡
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ホネカミ地蔵
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
原城一帯に散乱していた敵も味方もない骨を集め供養した。1766年有馬村願心寺注誉住職により建立「骨かみ地蔵に花あげろ三万人も死んだゲナ小さな子供もいたらうに骨かみ地蔵に花あげろ」八波則吉作。 創建年代 1766年
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山本健吉原城句碑
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
原城文化センター脇に立つ句碑で,昭和35年原城跡を訪れたとき,宿泊された島原の旅館で詠まれた3つの俳句が刻まれている。
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早崎瀬戸あらかぶ
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 特産物・特産品
島原半島南部漁協のブランド魚(カサゴ)有明海の入口早崎瀬戸は日本の三大潮流の一つとされ最大7ノットにもなる。このような自然環境で育った「あらかぶ」は色が赤いのが特徴で身が締まっており、淡白な味は最高と評価されている。
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谷水棚田
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 郷土景観
平成8年に「第5回美しい日本のむらコンテスト」において農林水産大臣賞を受賞し、平成11年には「日本の棚田100選」に認定された、四季折々の風景を楽しむことができる美しい棚田です。 【料金】 自由見学。
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南蛮船来航の地
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
県指定史跡(昭和16年)永禄10年(1567年)トリスタン・バス・デ・ベイガ船長のポルトガル船3隻が入港し南蛮貿易港として栄えました。また天正7年(1579)リオネル・デ・ブリットの船でヴァリニャーノ神父が上陸しキリシタン布教の根拠地となり西洋文化の窓口として世界に知られるようになりました。口之津港が優れていたことを、当時の記録は次のように伝えています。「この地方において志岐、口之津を除けば、安全にして四方の風を避ける便利な港は他にない。口之津は大村の港(福田)よりも良港である。なぜなら、口之津では船は随意に碇泊する事が出来るからだ。」(リストホーテン”水路記集”)天正4年(1576)、7、8、10年にもポルトガル船2隻ずつが入港し、活気を呈しました。現在では石垣の周りが埋め立てられて、開田公園として市民の憩いの場になっています。 文化財 都道府県指定史跡 指定年: 1941 1月
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山田右衛門作の住居跡
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
わが国の歴史上、最大規模の反乱事件であった島原の乱は、一揆勢およそ三万七千人が、幕府軍に全滅させられてしまいました。しかし、正確にいうとたった一人だけ生き残った者がいました。山田右衛門作という南蛮絵師です。山田右衛門作は、わが国最初の洋画家で、プロの絵師です。世界三大聖旗の一つといわれる天草四郎陣中旗は、彼の作といわれています。ただ一人生き延びた右衛門作は、松平綱信に連れられて江戸にのぼりました。江戸ではキリシタン探索を命じられるなど、徹底的に幕府に利用されましたが、ある日突然、右衛門作はキリシタンに立ち返りました。そして、公然とキリスト教を布教し始めます。最後は幕府に捕まり投獄されてしまいます。このあと右衛門作がどうなったのかは、誰も知りません。
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瀬詰崎灯台
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
島原半島南端に位置する灯台。幅約5kmの早崎瀬戸を挟んで天草下島と向き合っていて、有明海の入口を示す灯台として航海の安全を見守っています。早崎瀬戸は有明海の入口にあたり、日本三大潮流の一つに数えられています。3~6月の大潮時には、潮流の早さが最大7ノットとなり直径20mの勇壮なうず潮が見られます。瀬詰崎灯台から眺める橘湾の夕景は、海面がきらめき、とても美しく、人々をやさしく包みこみます。また、灯台の元は、釣りポイントでもあり休日には、地元の釣り自慢が陸釣りを楽しんでいます。
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シーサイドグラウンド
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 観光施設
口之津公園の下にあるグラウンドで、アスレチック遊戯のほか、50mのローラーすべり台があり、家族連れの利用者が多い。また、4月中旬~5月の端午の節句まで50匹の鯉のぼりが勇壮に泳ぎます。
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