大阪南部(堺・岸和田・関西空港)の文化史跡・遺跡 スポット 13選
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黒姫山古墳
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
古代遺跡を見事に復元。 黒姫山古墳は、全長114メートル、前方部の幅64メートル、高さ11メートルの前方後円墳。古墳時代の中期に築造されたと考えられており、中世には砦としても利用されていた。古墳の壕の周りには、周庭帯(古墳を綺麗に見せるための工夫)が施されており、当時の日本人の美へのこだわりがうかがえる。ガイダンス施設では黒姫山古墳の発掘調査で出土した甲冑や埴輪が展示されている。 その他 【堺市立史跡黒姫山古墳歴史の広場ガイダンス施設】開館時間:10時~16時 休館日:月曜日(祝日の場合を除く)、祝日の翌日、年末年始(12月28日~1月4日)
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西陵古墳
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
その規模は全長約210m、後円部直径約115m、前方部幅約100mを誇っている。墳丘は三段築成で現在も良く残り、西北側のくびれ部には「造り出し」を有している。古墳の周濠は、いつからか農業用水の溜池としても利用されており、周辺の畑には農作業に取り組む人の姿が多数見られる。
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宇度墓古墳
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
墳丘長170メートル、前方部幅約120メートル、後円部径約110メートルで、周濠部分まで含めると全長200メートルを超える大きさを誇る。現在は五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)墓として宮内庁の管理を受けているため、詳しいデータや埋葬施設などは謎のまま。
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玉田山古墳群
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
玉田山の西斜面の山麓に位置する、砂岩で築かれた古墳群。玉田山1号墳・2号墳ともに横穴式石室を持ち、泉南地方で石室が見学できる数少ない古墳の一つ。1号墳からは、金環・銅環・コハク玉・鉄鏃・須恵器の長頸壺などが出土されている。
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熊野詣小栗街道
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 旧街道
大阪から、和歌山の熊野三山へ到る熊野古道のうち、堺以南を特に小栗街道と呼んでいる。これは歌舞伎や浄瑠璃でおなじみの小栗判官の名からきたもの。街道には古い家や王子社、遺跡などがいくつもあり、とても落ち着いた雰囲気。
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摩湯山古墳
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
4世紀後半頃の前方後円墳で墳丘全長約200m、後円部径約127mにおよび、前期古墳としては大和地方以外では最大級の規模。国の指定史跡。かつて鰭付円筒埴輪などが採集されていますが、本格的な調査は未だ行われていません。4世紀後半ころに泉州地域で大きな勢力をもった在地首長の墳墓と推定されます。現在は墳丘全体が山林となっており、外形実測はもとより墳丘内への立ち入りはできない。
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久米田古墳群
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
池尻町付近の標高35~40mの久米田丘陵にあります。過去、10数基の古墳があったと考えられていますが、現在は8基の古墳が確認されています。そのうち、貝吹山古墳、風吹山古墳、無名塚古墳の3基は現在、一部整備され久米田公園の中に存在します。 古墳時代、岸和田市のある和泉地域で力を持っていた首長のお墓(古墳)は、岸和田市摩湯町にある摩湯山古墳から始まります。その後、岸和田市近隣で貝吹山古墳と同等の古墳が造られていきます。しかし、時代が下るにつれて、中央政権と和泉地域の首長との関係の変化などから岸和田市内では大規模な古墳は造られなくなりました。
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岸和田城
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 城郭
伝承では、建武新政期に楠木正成の一族・和田高家が築いたといわれている。寛永17(1640)年に岡部宣勝が入城し、以降明治維新まで岡部氏13代が統治した。文政10(1827)年に5層の天守が落雷で焼失。現在の3層の天守閣は、昭和29(1954)年、戦後の復興天守の先駆けとして建造された。 重森三玲によって作庭された岸和田城庭園(八陣の庭)は、天守閣はもとより上空からの俯瞰的鑑賞を意図して設計された独創的なデザインで、国の名勝に指定されている。
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百舌鳥古墳群
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
大仙公園を挟んで、仁徳・履中・反正の大王墓のほか、4世紀末ないし5世紀初頭~6世紀後半頃に築造された、巨大前方後円墳44基が集中。 堺市のやや北部に位置し、かつては100基以上あったといわれるが、現在は大仙公園を挟んで、仁徳天皇陵古墳(墳丘長486m)と履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん:墳丘長365m)、東側にいたすけ古墳(墳丘長146m)、御廟山古墳(ごびょうやまこふん:墳丘長203m)、ニサンザイ古墳(墳丘長290m)、北側に反正天皇陵古墳(はんぜいてんのうりょうこふん:墳丘長148m)ほか、合わせて44基が残っている古墳群。その多くが巨大な前方後円墳で、4世紀末ないし5世紀初頭~6世紀後半頃に、大王墓として築造されたと思われる。なお、百舌鳥(もず)という名前は、『日本書紀』によると、かつて石津原(いしづのはら)と呼ばれていたこの地に仁徳天皇陵を造営する際、工事にかかった人たちの中に鹿が飛び込んで倒れ死に、その鹿の耳から、耳の中を食い裂いた百舌鳥が飛び出したため、地名を「百舌鳥」に改称したという。 料金: 見学自由
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土塔
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
高僧・行基が建立した大野寺伽藍の南東に造られた仏塔。ピラミッド型、瓦葺き土塔の遺跡としては全国唯一のもの。 大阪府堺市土塔町に位置する大野寺は真言宗の寺で、奈良時代の高僧・行基が建立した四十九院のひとつ。その大野寺伽藍の南東に仏塔の跡が遺されている。一辺が53.1m、高さ8.6m以上の四角錘の頂部を切り取ったような形をしたこの仏塔は、周囲から夥しい瓦が出土していることから、もともとは13段のピラミッドのような形をした、瓦葺きの土製の塔だったと考えられている。また、出土した瓦のうち約1200点には、丹比連(たじひのむらじ)、秦、矢田部連(やたべのむらじ)といった摂河泉地域の氏族や僧侶、一般民衆ら、築造に協力した人たちの名前らしき文字が描かれている。全国的にも、これだけ多くの古代の文字資料が発見されるのは珍しいとのこと。よく似た遺構に、奈良市高畑に残る石積みの「頭塔」があるが、大野寺の土塔のように表面が瓦で覆われた塔は他にない。昭和28年(1953)、国の史跡に指定された。
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仁徳天皇陵古墳
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
エジプトのピラミッド・中国の始皇帝陵とともに世界三大陵墓のひとつに数えられている。約1,600年前に作られたとされ、全長486m・最大幅654m・総面積約47万平方メートルを誇る。日本各地に現存する古墳の中では日本最大。仁徳天皇陵を含めた周辺の古墳群は「百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)」と呼ばれており、2019年には世界遺産に登録された。JR百舌鳥駅南側の陸橋の上や、堺市役所の展望ロビーからは古墳全体を見渡せる。
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茅渟宮跡
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
茅渟宮(ちぬのみや)とは上之郷にあった古代の宮のことですが、5世紀中頃、允恭天皇は皇后の妹姫である衣通姫(そとおりひめ)を愛していましたが、皇后の嫉妬を避ける為、天皇は姫を都から茅渟宮に移しました。遊猟と言っては姫のもとへ通う天皇でしたが、皇后の怒りからそれもできなくなった時、衣通姫は「とこしへに君もあへやも いさな取り、海の浜藻の 寄る時々を」(海の浜藻が波のままに岸辺へ近寄り漂うように、まれにしかお会いしておりません)と詠いました。 この歌を万葉漢字で記された石碑が建っています。
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田尻歴史館
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 史跡
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