玉名・山鹿・菊池の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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隈部氏館跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
隈部氏館跡は、中世(16世紀代)肥後の有力国衆(くにしゅう)(国人)であった隈部氏の居館跡です。山鹿市菊鹿(きくか)町上永野(かみながの)の標高345mほどの山腹にあり、麓の高池(たかいけ)集落から140mの高低差があります。古くからその存在は知られており、江戸時代の書物などにも記されていましたが、昭和49~51年の発掘調査により、さまざまな遺構が良好に保存されていることが確認されました。遺構としては、主郭(しゅかく)入口部に枡形虎口(ますがたこぐち)を設け、中心部には「主殿」(公式の場)、「会所」(社交や遊興の場)、「台所」「居間」と思われる建物礎石のほか、立石組みを配した庭園跡が良好な形で残っています。また、3本の堀切(ほりきり)があり、主郭南側の長さ75mのものが最大です。「中世肥後を代表する隈部氏の居館であり、戦国時代の領主居館のようすを知る上で貴重」として、平成21年7月に国指定史跡となりました。 時代 戦国時代
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光行寺
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
豊前街道の要所にあり、参勤交代の細川藩主のお茶所でした。門の軒瓦には「九曜の紋」が入っており、歴史の深さが感じられます。
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下岩官軍墓地
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
明治10年の西南の役で、約1ヶ月に及ぶ戦いで戦死した官軍兵士の墓地です。官軍将兵133人と軍夫16人が眠っています。今なお遺族関係者のお墓参りが続いています。 文化財 都道府県指定史跡
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腹切坂
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
永ノ原台地から寺ノ本に下る急坂は「腹切坂」と呼ばれ、参勤交代で使用されていた豊前街道の中でも屈指の難所であったことが知られています。平成17年3月に国指定史跡として指定を受けました。 文化財 国指定史跡 平成17年3月2日
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古小代の里公園
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
寛永9年(1632年)、細川忠利公が肥後の国に入国の際に、豊前の国から移り住んだ陶工の手によって始められた肥後熊本を代表する小代焼き発祥の地です。江戸時代の窯跡(瓶焼窯、瀬上窯)が当時の水漉し場やロクロ場跡とともに保存されており、県の指定文化財に指定されています。周辺は公園化され梅も見物でき、ゆっくり自然散策も楽しめます。 【料金】 無料
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鷹ノ原城跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
江戸時代加藤清正みずから縄張りしたものと伝え、一国一城令により廃城となったという。 時代 江戸時代 料金/見学時間/休業日 無料
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塚坊主古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
6世紀初頭に築造された墳長43.5mの装飾古墳。古墳の主体部は石室構造で、内部の石屋形の内壁に赤色と白色で三角連続の文様が描かれている。菊池川流域の装飾古墳の源流を知るうえで貴重なもの。また、四獣鏡・大刀・馬具などが出土している。 文化財 国指定史跡 時代 古墳
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長刀横穴装飾一号墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
県指定史跡。トンカラリンの最下部の岩壁にある。 文化財 都道府県指定史跡 時代 古墳
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江田船山古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
5世紀後半に築造された全長61mの前方後円墳。明治6年1月に池田佐十氏により発掘。出土した金銅製冠、沓、金製耳飾り、銅鏡など92点は、一括「国宝」として東京国立博物館に保管展示されている。なかでも、1本の大刀の峯に銀で象嵌された75文字の文章は、日本の古代史を紐解くうえで大変貴重なものである。副葬品のレプリカは近くの歴史民俗資料館に展示してあり、古墳では横口式家形石棺を当時のままの姿で見ることができる。 文化財 国指定史跡 時代 400年代
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虚空蔵塚古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
6世紀初頭に築造された墳長52mの前方後円墳。古墳主体部は未調査だが、周溝からは円筒埴輪や人物埴輪が出土している。整備前は墳頂に虚空蔵菩薩がまつられていたことから、この名がある。 文化財 国指定史跡 時代 古墳
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若宮古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
和水町役場と和水町中央公民館の間に位置する古墳で、前方後円墳の形をしています。県指定史跡です。 文化財 都道府県指定史跡 時代 400年代
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江田穴観音古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
6世紀末築造で現存墳長17mの円墳。国指定史跡。 古墳の主体部は、複室構造の横穴式石室で羨道・前室・奥室の三区からなり、石室の全長は9mですべて凝灰岩の切石でつくられ、屍床が奥室の3箇所、前室に2箇所が設置してある。また、金環・金銅製杏葉・勾玉などが出土している。 文化財 国指定史跡 時代 500年代
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半高山・吉次峠戦跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
田原坂とならぶ西南戦争の激戦地。平成25年3月、国史跡に指定。 時代 1877
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西安寺跡及び西安寺五輪塔
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
6基の五輪塔や板碑が残る県指定の史跡。 時代 鎌倉
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二俣古閑官軍砲台跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
西南戦争時に官軍砲台が置かれた。平成25年3月、国史跡に指定。 時代 明治
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正念寺(官軍病院跡)
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
西南戦争時に官軍の病院が置かれた。日赤発祥の地。山門には弾痕が残る。山門が平成25年3月、国史跡に指定。 時代 明治
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横平山戦跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
官軍・薩軍の抜刀隊が激突した西南戦争の戦跡。平成25年3月、国史跡に指定。 時代 1877
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西原製鉄遺跡
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
古代の製鉄遺跡。現在も炉跡が残る。 時代 古代
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弁慶ヶ穴古墳
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
古墳の形は円墳で、その内部に阿蘇溶岩の巨石を組み合わせてできた石室があります。 石室の入口には人物像の浮き彫りがあり、壁には赤・白・青で描かれた同心円、ひし形、連続三角形などの幾何学文様のほか、5頭の馬と人物、馬を乗せた舟、鳥と積荷と舟、騎馬像などの絵が描かれています。熊本県立装飾古墳館で実物大レプリカが展示されていますので、ぜひご覧ください。 ※実物は、壁画保護のため現在見学が出来ません。 時代 古墳時代後期
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鍋田横穴群
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 史跡
鍋田横穴群は、古墳時代後期(6世紀)に、熊本県北部を流れる菊池川の支流の岩野川に沿った崖面に作られた群集墓です。その崖面には阿蘇大噴火の火砕流でできた岩(阿蘇凝結熔解岩)が露頭した場所があり、古墳時代の人々はここに横方向の穴を掘って、お墓としました。鍋田第27号横穴墓の左外壁には、人物、弓、盾、馬、靫(ゆぎ:矢の入れ物)などが浮き彫りされています。山鹿市内では、このほか長岩横穴群や城横穴群など多数の横穴群が点在していますが、鍋田横穴群はわが国の装飾横穴の代表格と言えます。 時代 古墳時代後期
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