奈良県の文化史跡・遺跡 スポット 20選
-
小牟漏岳
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
古事記によると雄略天皇4年(460)、天皇が小牟漏岳で狩りをされ、御呉床に座っていると、虻が天皇の御腕を喰った。その瞬間蜻蛉(とんぼ)が飛んできて、その虻をくわえて飛び去った。天皇は、蜻蛉をほめて御歌を詠み、この地を蜻蛉野(あきづの)と名づけた。 み吉の袁牟漏が嶽に猪鹿伏すと誰れそ 大前に秦す やすみしし我が大君の猪鹿待つと呉床に坐し、白栲の衣手著そなふ手腓に虻かきつき、その虻を蜻蛉早咋ひ かくの如 名に負はむと そらみつ 倭の國を蜻蛉島とふ、日本書紀にもこのことが記されています。 小牟漏岳に続く山上に神武天皇が上小野の榛原、下小野榛原と名づけて皇祖天神を祀った「鳥見霊畤跡」があります。
-
花折塚
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
元弘2年(1332年)、熊野別当定遍の軍勢と戦い討死した、大塔宮護良親王の忠臣片岡八郎の墓所です。後年道行く人々が、花を折って供えたところから折花塚(おりはなづか)と呼ばれ、後に花折塚と称せられるようになりました。 時代 元弘(1331~1334)
-
黒木御所跡
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
1333年の秋、倒幕を企てた第96代後醍醐天皇の第3皇子・大塔宮護良親王は、難を避けてしばらく十津川郷に身を潜められました。この時、十津川郷民は、谷瀬に仮の御殿を建て、親王をお守りしたといいます。その後、親王は尊氏の弟直義により害され、28歳の生涯を終えましたが、1905年、郷民によって谷瀬に「黒木御所舊址(きゅうし)」の碑が建てられました。 時代 南北朝
-
熊野古道 小辺路
奈良県 吉野・奥吉野
- 旧街道
高野山から始まり、野迫川村・十津川村を通って熊野本宮へ参詣する道。 紀伊半島の山岳部を一直線に通っている道で、4日間程度かかるコース。 【規模】12,000m
-
石の廟塔
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
鳳閣寺の創建者、理源大師の廟塔、百貝山中腹にある。 【料金】 無料
-
比曽寺跡
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
推古天皇が百済の仏工に作らせた香木の観音像を安置し、隆盛をきわめたというが、現在は礎石が残るのみ。 時代 大和
-
吉野山
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
役行者が大峰山を開いて以来、修験道の聖地であり義経悲話の舞台や南北朝の中心になるなど歴史上の地。 時代 大和
-
宮滝遺跡
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
吉野川畔にあり、縄文中期、弥生、古墳時代や奈良時代の土器が出土した。吉野離宮跡との説がある。 時代 縄文~弥生
-
吉野朝宮跡
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
後醍醐天皇が足利尊氏に攻められ吉野山に逃れた際に皇居となった所。今は記念碑が立っている。 時代 南北朝
-
西行庵
奈良県 吉野・奥吉野
- 史跡
西行が幽居した庵で、杉や桜の古木がおおう山間の地。西行を慕って訪れた芭蕉の句碑なども近くにある。 時代 1185
-
片岡城跡
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 城郭
片岡城を築いたのは片岡国春。上牧町内の下牧地区から金富地区へ抜ける峠道の頂部分に中世の山城と伝えられる片岡城跡があります。片岡城は1550年ごろに片岡国春によって築かれたとされています。 下牧に片岡城を築く前は、隣町の王寺町と香芝市の境界あたりにある小高い山送迎(ひるめ)山の標高262メートルのところにありました。この頃の葛城地方は片岡氏に続いて南のほうへ順に岡・万歳・布施・倶志羅・楢原・吐田の六人が勢力を伸ばし、倶志羅氏以外の五氏はいずれも山城を築いており、片岡国春の送迎山城も地理的に良く似たところにあります。
-
上牧銅鐸
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
江戸時代に上牧町内の観音山から銅鐸が出土したと伝えられています。今に残る上牧銅鐸ですが、どこから出て、どのようなものでしょうか。さらに出雲の加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸と兄弟銅鐸と言われている上牧銅鐸を皆さんご存知ですか。
-
芭蕉旧跡綿弓塚
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
芭蕉の「綿弓や琵琶に慰む竹の奥」の句碑がある。地内に休憩所、トイレがある。 【料金】 無料
-
當麻蹶速塚
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
わが国の相撲の開祖といわれる當麻蹶速の墓とされるが、當麻町史には「當麻真人国見」の墓、別の文献では、當麻八郎為信の墓と記載され、いずれにしても様式から平安時代末期~鎌倉時代のもので当時の役人の墓と言われる。いつから蹶速塚といわれたかは不明。すぐ横に相撲館、及び昭和12年に建立された當麻蹶速文碑がある。 時代 大和
-
二塚古墳
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
通称銭取塚とよばれる古墳時代後期の代表的な前方後円墳。古墳の東側には大和三山を見下ろす大パノラマが広がります。 時代 古墳時代後期中ごろ(6世紀中ごろ)
-
鬼の爼・鬼の雪隠
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
二つの大きな石造物で,共に古墳の横口式石槨で,俎とよぶ石の上に雪隠のくりぬき石を組合せてのせていたものと推測される。
-
猿石
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
吉備姫王の墓の四方を囲む石像の1つ。4体のうち、3体には裏にも顔があり、いずれも猿に似ていることからこの名があるが、製作年代や目的は謎のままである。
-
飛鳥宮跡(伝飛鳥板蓋宮跡)
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
7世紀半ばの皇極天皇の宮殿で、中大兄皇子(天智天皇)らによって蘇我入鹿が暗殺された乙巳の変の舞台。 ここには複数の宮殿遺構が重なっており、現在復元されている石敷広場や大井戸跡は上層の飛鳥浄御原宮のもの。 時代 飛鳥
-
鑵子塚古墳
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
6世紀中頃の横穴式石室は国内最大規模である。被葬者は、蘇我氏らを支えた渡来系氏族東漢氏の首長級とみられ、その技術と力を示しているといわれる。 時代 飛鳥
-
高松塚古墳
奈良県 飛鳥・橿原・三輪
- 史跡
文武天皇陵の北東にある小さな円墳。昭和47年,石槨内部から鮮やかな壁画が発見され一躍有名になったところ。7~8世紀初めの古墳終末期の築造と推定され,内部正面北壁に玄武,東西の壁中央に青竜と白虎,それをはさんで4人ずつ計16人の男女の群像,また天井には星宿図が極彩色で描かれている。すでに盗掘されていた石槨から,海獣葡萄鏡や刀剣金具をはじめ人骨も出土。これらからおよそ40~60歳の長身の男性で,皇族か有力な貴族と推測されるが被葬者名は明らかではない。 時代 飛鳥
奈良県の文化史跡・遺跡探し
奈良県で体験できる文化史跡・遺跡の店舗一覧です。
アソビュー!は、奈良県にて文化史跡・遺跡が体験できる場所を取り寄せ、価格、人気順、エリア、クーポン情報で検索・比較し、あなたにピッタリの奈良県で文化史跡・遺跡を体験できる企業をご紹介する、国内最大級のレジャー検索サイトです。記憶に残る経験をアソビュー!で体験し、新しい思い出を作りましょう!
アクティビティの予約、レジャーチケットの購入なら日本最大の遊びのマーケットプレイス「アソビュー!」にお任せ。パラグライダーやラフティングなどのアウトドア、陶芸体験などの文化体験、遊園地・水族館などのレジャー施設、日帰り温泉などを約15,000プランを比較・購入することができます。