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山口県の文化史跡・遺跡 ランキング
山口県の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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石城山神籠石
山口県 岩国・柳井・周南
- 史跡
巨石を一列の帯状に並べた古代の土木工事の遺跡は、古代の神域なのか?それとも山城跡なのか?古代のロマンを巡る謎。 石城山の八合目辺りに約2.6?に渡って巨石が鉢巻状に山を取り巻く謎の古代遺跡です。 国指定の史跡ですが、いつ、誰が、何の目的で構築したかは不明で、周防古代史を解明するうえで貴重な遺跡です。 東西南北にはそれぞれ、人がやっと潜れるぐらいの水門が設けられており、「山姥の穴」と呼ばれ、伝説が残っています。 近くには国指定重要文化財「石城神社」、第二奇兵隊練兵場跡等があります。 文化財 国指定史跡 時代 古墳時代
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茶臼山古墳出土品
山口県 山口・秋芳
- 史跡
茶臼山古墳は柳井湾にのぞむ丘(標高80m) にある古墳時代前期(4世紀末)の前方後円墳で、県内3番目の規模です。 明治25年に銅鏡5枚が発見されたが、このうち2面が県内で伝えられています。 出土品として、これ以外に、わが国最大級の銅鏡(面径44.8cm)の単頭双胴怪獣鏡(東京国立博物館蔵)があります。 文化財 都道府県指定重要文化財 時代 古墳時代
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右田ヶ岳城跡
山口県 山口・秋芳
- 史跡
防府駅のほぼ4km先にそびえる右田ヶ岳にある城跡。鎌倉時代末期頃築城。以来右田氏累代の居城となっていた。遺構は全くなく,格好のロッククライミングの場となっている。
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防府天満宮暁天楼
山口県 山口・秋芳
- 史跡
もとは大旅籠「藤村屋」の一部。階下は漬物置場、二階に隠れ座敷をもち、幕末には高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎、坂本龍馬等の志士達が投宿し密議を計ったと伝えられます。建物はのちに防府天満宮に移された後解体され、現在の場所に復元されました。
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貞宮遥拝所
山口県 山口・秋芳
- 史跡
楫取素彦は、明治30年、明治天皇第十皇女の貞宮多喜子内親王の御養育主任を命ぜられます。しかし、内親王が僅か三歳で夭折します。御遺物を譲り受け、明治32年にこれらを納める遥拝所を防府天満宮境内に建立します。毎年、ご命日にあたる1月11日に遥拝式が行われています。
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七卿潜居の間
山口県 下関・宇部
- 史跡
幕末の政変で都落ちした三条実美卿等5人の公卿が潜居したところで、仏殿が国宝に指定されている功山寺の境内にあります。 時代 江戸末期 料金/時間/休業日 ●料金 大人300円、中学生以下200円 ●時間 9:00~16:30 ●無休
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大村益次郎の墓、大村神社、鋳銭司郷土館
山口県 山口・秋芳
- 史跡
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御山神社経塚
山口県 萩・長門
- 史跡
御山神社経塚は阿武町惣郷にある経塚。 築造は12世紀ごろと推定されています。 経塚は、永く後世に伝えるため経典を経筒などに入れて地中に納め、塚を築いたもので、この経塚は、御山神社社務所横の土中より発見されました。
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白鳥古墳 付陪塚及び周濠
山口県 岩国・柳井・周南
- 史跡
熊毛郡平生町にある白鳥古墳は、古墳時代中期の前方後円墳。 規模は、全長120m、後円部の 径64m、高さ 11m、前方部の径60m、高さ8.5mで、山口・広島地域で最大といわれています。 塚の上を覆った葺石が全面に見られ、円筒埴輪が立ち、陪塚(大きな古墳に近接した近親者や従者を葬ったといわれている小さな古墳)があります。 この古墳がある丘の東側の部分には、幅20.8m、深さ2.1mの周濠(周りのからぼり)があり、この周壕を含む約8,000?の地域が県の史跡に指定されています。 なお、この古墳からは
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恵美須ケ鼻造船所跡
山口県 萩・長門
- 史跡
1853(嘉永6)年、幕府は各藩の軍備・海防力の強化を目的に大船建造を解禁し、のちに萩藩に対しても大船の建造を要請しました。 1856(安政3)年、萩藩は洋式造船技術と運転技術習得のため、幕府が西洋式帆船の君沢型(スクーナー船)を製造した伊豆戸田村に船大工棟梁の尾崎小右衛門を派遣します。尾崎は戸田村でスクーナー船建造にあたった高崎伝蔵らとともに萩に帰り、近海を視察、小畑浦の恵美須ヶ鼻に軍艦製造所を建設することを決定しました。 同年12月には萩藩最初の洋式軍艦「丙辰丸」が、また1860(万延元)年には2
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関見台公園(串崎城跡)
山口県 下関・宇部
- 史跡
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綾羅木郷遺跡
山口県 下関・宇部
- 史跡
綾羅木郷遺跡は、本州西端の響灘に面する地域にあり、北九州とともに弥生時代の中心地域でした。 発掘調査により、竪穴住居跡や袋状竪穴群が発見されています。 また、遺物として、弥生時代前期前半の土器や多くの石器などが発見されています。
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長門鋳銭所跡
山口県 下関・宇部
- 史跡
長門鋳銭所跡は、覚苑寺境内一帯と考えられ、奈良・平安時代に銭貨の鋳造を行った所です。 長門国衙に付設され、その開設は和同年間(708〜715)で、史跡地内からは、708年(和銅1)から鋳造が開始された貨幣である和同開珎1枚と、それを作ったときの型、るつぼや鞴口などが出土しており、これも長門国鋳銭遺物として国の重要文化財に指定されています。 天長2年(825)に廃止となりました。
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壇ノ浦古戦場跡
山口県 下関・宇部
- 史跡
源平の合戦場跡で、寿永4年(1185)源氏と平家の最後の戦いとなった壇ノ浦合戦の跡。 二位尼に抱かれた安徳天皇はわずか8歳にして壇ノ浦の海へ入水し、平家は滅亡しました。この後、源氏は鎌倉幕府を開き、江戸時代まで続く武家社会を始めます。 古戦場を眼前に臨む、みもすそ川公園内には源義経・平知盛両雄の像とともに、像の除幕式に参加された滝沢秀明さん(NHK大河ドラマ義経役)中越典子さん(同 建礼門院役)の手形などが設置されています。
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七盛塚
山口県 下関・宇部
- 史跡
言い伝えでは源平壇之浦の合戦で平家が滅亡して以来、関門海峡で海難事故が頻発し、平家の怨霊が騒ぎ出したためと恐れられていました。 下関近辺に散在していた平家の墓標をこの地に集約して1600年ごろに建てられた、平家一門の供養碑で、赤間神宮境内にあります。
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宮山古墳
山口県 下関・宇部
- 史跡
●管理・申込 生野神社
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有富古墳
山口県 下関・宇部
- 史跡
綾羅木川を中心として広がる沖積層平野の北側丘陵には多くの遺跡が残っています。有富古墳は、この丘陵地の北東に接する山のすそに位置し、明治32年(1899)の調査の際、有富古墳群として5基の円形墳が発見されましたが、現在では2基を残して他は消滅しています。 直径12mの円墳で横穴石室をもち、玄室は胴張りがほとんどなく、石材は小さいものを使用しています。下関市内でも、最も形の整った円墳です。
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秋根一号古墳
山口県 下関・宇部
- 史跡
秋根神社の境内にある6世紀中頃の円形墳で、墳丘が削られ、石室の一部が露出しています。石室は横穴式石室で、奥室と前室が あり、室壁はほとんどが礫岩で一部に花崗岩が使われています。さらに石室全体は、天井部に近いほど小石を積み上げドーム状になっています。奥壁と側壁奥より部分には、ベンガラと思われる赤色の顔料が塗られており、特に奥壁の下半分の色はよく残っています。天井石は、奥壁と玄門側の両方から順に置き、奥から2枚目の石を最後にのせています。
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和久1号古墳
山口県 下関・宇部
- 史跡
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梶栗浜遺跡
山口県 下関・宇部
- 史跡
梶栗浜遺跡は、下関市安岡梶栗浜にある弥生時代の墓地遺跡。 発掘調査により、ここから鏡、銅剣、土器などの遺物が出土したが、そのうちの青銅器は、我が国の遺跡から発見された例が少ない朝鮮古代のものであることがわかっています。 出土品は、下関市立考古博物館に保管されています。
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