糸満市の史跡 スポット 6選
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山巓毛
沖縄県 南部
- 史跡
糸満市街を一望できる高台にあり、晴れた日には慶良間諸島まで見わたせる。南側崖下には、南山最後の王である魚魯毎(たるまい)のものと伝わる墓がある。かつては海上にいる船が現在の位置を測るための目印にもなっていた。糸満ハーレーの当日には、祭祀を司る関係者による神事が行われる場所でもあり、ハーレー舟の出発の旗もここで振り下ろされる。
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南山城跡
沖縄県 南部
- 史跡
沖縄歴史の三山時代に栄えた南山王の居城跡。中国製陶磁器を中心に多くの遺物が出土し、14世紀には存在したと考えられる。現在は城壁と遺構の一部を残すのみで、遺跡の大半は市立高嶺小学校の敷地内にある。「沖縄の名木百選」に選ばれた城跡内のガジュマル群生も見どころ。
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具志川城跡
沖縄県 南部
- 史跡
国指定文化財。沖縄本島最南端、糸満市字喜屋武の海岸崖上に築かれたグスク。陸続きの東側城門は切石積みで、他は崖に沿って野面積みの石積みで築かれている。海に通じる潮吹き穴があり、久米島から逃れて来た久米島具志川城の按司が築いたと言われている。東側城門付近以外は三方が海に面しており、太平洋を一望する絶景スポットである。
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幸地腹・赤比儀腹両門中墓
沖縄県 南部
- 史跡
約1600坪の敷地に5基の破風墓がある県内最大の門中墓。「門中(むんちゅう)」「腹」とは父系の血縁集団を表す言葉で、約5000人の先祖が祀られている。1684年の創建当時から1868年までは1つの小さな亀甲墓だったが近代になり子孫が広がり、1935年の大改築により現在の姿になった。
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米須貝塚
沖縄県 南部
- 史跡
糸満市字米須の南方約800mの海岸近くにある沖縄貝塚時代後期の遺跡。1954(昭和29)年に琉球大学による発掘調査が行われ、その調査結果から県指定史跡となった。近くの海岸には「スーガー」と呼ばれる湧水がある。この地域は貝塚形成の立地条件をよく備えた地域で、東側に隣接する砂丘には大度貝塚がある。出土遺物は土器、石器、貝製品(貝匙、貝錘)などが出土している。自然遺物としてチョウセンサザエやシャコガイ類など大型の貝がかなりの量出土している。
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轟壕
沖縄県 南部
- 史跡
全長約100メートルの東西に延びる自然壕。壕内を川が流れる。名城の住民や他地域からの避難民が隠れていた。6月下旬に島田叡知事以下の県庁職員幹部が避難し、沖縄県庁最後の地とも言われている。知事は15日夜県庁の活動停止を命じ、眞文仁の軍司令部壕に向かった。その後入ってきた日本兵に住民や県庁職員は壕内の湿地帯に追い立てられた。18日ごろ米軍が壕を攻撃するが、日本兵は住民の脱出を許可しなかった。24日ごろ、約600名の住民が米軍に保護される。
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