東海の旧街道 スポット 20選
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鈴鹿峠
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
鈴鹿山脈南部の峠で、古くから近江と伊勢を結ぶ交通の要衝であった。江戸時代には東海道の坂下・土山の両宿駅が峠を挾んで置かれ、大名から庶民までが皆細い九十九折れの坂道を登って峠を越えたという。現在は国道1号がトンネルで通過している。旧東海道は東海自然歩道になり、国道からは鏡岩と呼ばれる岩が見える。また、峠のトンネルの上には旅人の往来安全のためにともされた常夜燈の万人講燈篭が立っている。
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初瀬街道
三重県 伊賀・上野・名張
- 旧街道
大和と伊勢を結ぶこの道は、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えた斎王が都から伊勢へ赴いた道であったなど、その歴史は古代までさかのぼります。お伊勢参りや伊勢からの初瀬(長谷)詣が盛んになるにつれ、阿保宿や伊勢路宿などの宿場町が栄え、今なおその風情を残しています。
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古市街道
三重県 伊勢・二見
- 旧街道
近世、伊勢神宮へ集団参宮する「おかげ参り」が盛んになり、最盛期には480万人を数えた。このおかげ参りとともに、内宮と外宮とをつなぐ参宮街道沿いに発達したのが古市の町である。現在、参宮街道沿いには、嘉永4年(1851年)に建てられた旅館・料理屋「麻吉」があり、往時の古市の栄華を偲ばせている。木造5階造で、各階は古風な階段や廊下で結ばれている。その他、近くに「伊勢音頭恋寝刃」の主人公、油屋お紺と孫福斎の墓のある大林寺や、月僊上人で名高い寂照寺等がある。また伊勢古市参宮街道資料館は、日本の三大妓楼のひとつとして著名であった古市妓楼などの関係資料を展示しています。
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矢田立場
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
江戸時代の矢田町は、東海道の立場(宿場と宿場の間にあって、旅人が休憩する茶店などが集まっている所)でした。『久波奈名所図会』には、「此立場は、食物自由にして、河海の魚鱗・山野の蔬菜四時無きなし」とあります。福江町へ曲がる角には火の見櫓(現在の火の見櫓は平成三年に再建したもの)もありました。西矢田町には現在でも、馬を繋ぎとめた鉄環のある家や連子格子のある家も見られます。福江町も矢田立場の続きで、茶店や宿屋が多くありました。福江町の南端は、桑名宿の入口に当たるので、旅人を引き止めるために、宿屋の人たちが集まっている宿引小屋がありました。また西国からの大名などが通行の際には、桑名藩からの役人が出迎えて、ここから案内をしました。竹内家には馬をつないだ輪が今も街道に面して残っています。
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安永立場
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
安永は東海道筋であると共に、町屋川を利用した舟運の船着場であったので、通行客を相手とする茶店が多くあり、安永立場といわれました。名物として「安永餅」が売られていましたが、現在は売る店はありません。今も茶店の名残りのある料理屋が二件あり、両店とも藤の花が見事です。東海道筋には江戸時代の家も見られます。付近に「伊勢両宮常夜燈」が住時を偲ばせて残っています。
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大和街道
三重県 伊賀・上野・名張
- 旧街道
この道は関宿で東海道と分かれ、奈良へと続きます。江戸時代には参勤交代の大名たちが通り、古くは大海人皇子が壬申の乱で兵をあげたとき、さらには源義経が木曽義仲を討ったとき駆け抜けた戦の道でもありました。伊賀藩主藤堂高虎は「秘蔵のくに」と呼ばれた伊賀の道を、国防のために険しいままにしておいたといいます。
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旧東海道石薬師
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
宿場の名残りをとどめる家,石薬師寺,佐佐木信綱記念館などがある。
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旧伊勢街道白子
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
伊勢街道の宿場であった。今も当時の面影を残している。
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旧東海道庄野
三重県 桑名・長島・四日市・湯の山・鈴鹿
- 旧街道
本陣あとが公民館となり高札四面がかかげられている。歌川広重の作品である庄野の「白雨」は有名である。
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初瀬街道
三重県 伊賀・上野・名張
- 旧街道
大阪・奈良方面と伊勢を結ぶ初瀬街道。 現在の松阪市六軒から青山峠を越え、名張を経て初瀬へいたります。現在の国道165号、あるいは近鉄大阪線に近いルートを通るこの道は、壬申の乱(672年)の際、大海人皇子(おおあまのおうじ)が名張にいたった道であり、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神(あまてらすおおみのかみ)に仕えた斎王が伊勢へと赴いた道です。 また、江戸時代中期以降は、伊勢参りの善男善女が旅枕を重ねた道です。この街道沿いには今なお、多くの名所旧跡が残っており『街道』の持つ魅力を感じとることができます。
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馬越峠
三重県 東紀州
- 旧街道
約2kmに渡って苔むした石畳道がつづく。夜泣き地蔵や馬越一里塚など史跡も多い。峠を下った馬越公園は桜の名所。
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曽根次郎坂・太郎坂
三重県 東紀州
- 旧街道
尾鷲市賀田から熊野市二木島へと抜ける甫母峠を越えるコース。かつて紀伊と志摩の国境であった峠のため、曽根の「自領」と「他領」がなまって呼ばれるようになった道。石畳や猪垣などがあり、静かなハイキングを楽しむことができる。
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三木峠・羽後峠
三重県 東紀州
- 旧街道
尾鷲市三木里町と賀田町を結ぶルート。三木峠は賀田湾を見下ろし眺めのいいコース。羽後峠から延々と続く猪垣は伊勢路の中で最も長い。
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八鬼山越え
三重県 東紀州
- 旧街道
標高627m。「西国随一の難所」といわれた。巡礼墓碑や町石なども多く、素晴らしい状態の石畳がたくさん残っている。三木里への下りは明治道と江戸道がある。「桜の森エリア」からは熊野灘が一望でき絶景。
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熊野古道
三重県 東紀州
- 旧街道
熊野三山に参詣するための道として,多くの人々が歩いた。ところどころに苔むした石畳道が今もなお残っている。熊野市内には、熊野古道伊勢路である「曽根次郎坂・太郎坂」、「二木島峠道・逢神坂峠道」、「波田須の道」、「大吹峠道」、「観音道」、「松本峠道」のほか、「花の窟」、「鬼ヶ城」、「獅子巖」、「七里御浜」の史跡等が、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。
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伊賀街道
三重県 伊賀・上野・名張
- 旧街道
この道は、京、大和方面と伊勢神宮を結ぶ参宮道のひとつでした。江戸時代には、伊勢、伊賀二国の藩主となった藤堂高虎が二つの城下を往来する重要な官道となり、平松宿、平田宿などの宿場を中心に賑わったといいます。この地で生まれた俳聖松尾芭蕉もこの道を何度も通り、街道筋にはいくつもの句碑が建てられています。
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旧東海道赤坂
愛知県 三河
- 旧街道
御油の町から国の天然記念物にも指定されている松林を抜けると赤坂の町並みに入る。「夏の月御油よりいでて赤坂や」(芭蕉)の句碑の立つ関川神社、広重「東海道五十三次・赤坂の図」に描かれたといわれるソテツのある浄泉寺、同じく「赤坂の図」のモデルとなったといわれる旅籠など、見るべきものがある。
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伊勢本街道
三重県 津・久居・美杉・松阪
- 旧街道
大和国と伊勢神宮を結ぶ街道。江戸時代から明治中期にかけて「お伊勢参り」の流行で大変賑わった。
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伊勢街道(参宮街道)
三重県 津・久居・美杉・松阪
- 旧街道
伊勢街道沿いには、格子戸が付けられた妻入町屋や土蔵が軒を連ね、屋号の看板や道標等が今も残っています。
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熊野古道伊勢路
三重県 奥伊勢
- 旧街道
熊野古道「伊勢路」の一部が、町の東部を通過しています。古の風情を残す街道を、ゆったりと歩いてみませんか。「大台町ふるさと案内人の会」では有料ガイドの斡旋も行っています。
東海の旧街道探し
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