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九州の文化史跡・遺跡 ランキング
九州の文化史跡・遺跡 スポット 20選
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与論城跡
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
島南端の丘に長い石垣が1405~1416年の間に琉球北山王の三男王舅(オーシャン)によって築城されたといわれています。 北山滅亡のため未完成であったと考察されていますが、伏竜の形に積み上げられた石垣は、高台から与論島と沖縄を悠然と眺めているかのようです。 城跡の下は散策路も整備されており、断崖の自然の要塞は、穏やかな与論の風景にの中でも荘厳な雰囲気を醸し出しております。 城内にある境内では、年3回行われる国指定重要無形民俗文化財の「与論十五夜踊り」が奉納され、観光情報発信基地のサザンクロスセンターも隣接しています。 休業 無休 文化財 市町村指定重要文化財 時代 1400年代
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赤崎御願
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
島の東側の丘の上、百合ケ浜沖縄半島が見える。赤崎灯台近く。 休業 無休 時代 1,400年代
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舵引き丘
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
この地はヨロン島誕生の地と言われています。 ここに立つと、南に国頭、沖縄本島、伊是名島、伊平屋島等、近くの島々が見渡すことができ、北側に沖永良部島、遥先に徳之島を望むことができます。
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ガラ竿遺跡
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
平成13年、伊仙町小島・ガラ竿遺跡で約3万年前の地層下から木の実などをすりつぶすのに使用したとみられる「すり石」という石器が出土した。
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犬田布貝塚
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
縄文時代から弥生時代にかけての遺跡。奄美群島特有の土器や石器、骨角器などの道具や貝殻・獣骨などが多量に出土した。 文化財 都道府県指定重要文化財 指定年: 1 3月
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アマングスク
鹿児島県 鹿児島離島
- 史跡
旧石器時代の石器群が出土した遺跡。
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ウフタ遺跡復元住居
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
ウフタIII遺跡は、平成7年に龍郷町赤尾木の農道(赤尾木~手広間)を建設する際に発掘調査されました。この調査で発見されたのが「石積み石囲い竪穴住居」です。サンゴ石などを積み上げて竪穴住居を造るのは、奄美や沖縄諸島の特徴ですが、この竪穴住居は部屋を区切って、母屋や倉庫・出入り口を作っており、多重の構造を持つという点で注目されます。 この復元住居は発掘調査報告書の図面や写真をもとに石積みや石囲いを復元し、現存する高倉や昭和30年代以前の奄美の住居の写真を参考にして屋根をかぶせました。 復元作業はPTA活動の一環として保護者や地域住民によって行われました。 時期 通年
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西郷南洲流謫跡
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
西郷隆盛が安政6(1859)年から文久元(1861)年まで奄美大島に身を潜めた際に過ごした屋敷跡。この間に西郷隆盛は愛加那を妻に迎え、菊次郎と菊草の二児をもうけました。建物の前面には勝安芳(海舟)が建てた石碑があり、建物内には西郷隆盛の遺品などが展示されています。 【料金】 大人: 200円 高校生以上 子供: 100円 小・中学生
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ウフタ遺跡
鹿児島県 奄美大島諸島
- 史跡
ウフタ遺跡は龍郷町赤尾木の砂丘上に位置し、縄文時代から弥生時代にかけての貝塚遺跡です。平成7年の調査では、縄文時代晩期と考えられる「石積み石囲い竪穴住居」が発見されました。この竪穴住居は良好な状態で見つかったため、奄美の縄文時代を語る上で貴重な資料となっています。 また、出土品には土器や貝製品・骨製品のほかに、佐賀県腰岳産の黒曜石もみつかっています。 文化財 その他 埋蔵文化財 作成年代: 縄文時代
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横峯遺跡
鹿児島県 種子島
- 史跡
種子島で初めて発見された旧石器時代の遺跡。発掘調査によって旧石器時代・縄文時代草創期・縄文時代早期という3つの時期にわたって、人がこの地に住んでいた跡が見つかりました。旧石器時代の層は3層確認され、特に種IV火山灰と呼ばれる約3万年前の火山灰の下にある層で見つかった礫群は、国内最古級の調理場跡の発見として大変注目を集めました。また、敲石や台石、磨石、礫器も見つかっています。3万年前の遺跡は全国的にも発見例が少なく、種子島の旧石器遺跡群は琉球列島の旧石器文化の成立やその性格・内容を研究するうえで、学術的に大変重要であることがわかっていて、後世に守り伝えていくべき貴重な文化遺産といわれています。
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上妻城址
鹿児島県 種子島
- 史跡
島間向方の島間小学校から豊受神社一帯の地形を利用した標高約75~110mに立地する山城です。現存するのは土塁(土塀)と堀切で、下城・内城・仮屋・水上などの地名が残っています。水上城・仮屋(居住場所)・内城(政務を行う)の3つの曲輪(周囲に土や石の囲いを設けた平地)が東西に連なっていて、さらに外城・殿川・桜園など合わせて6つの曲輪群で構成された山城と考えられています。 上妻城に関する記録は残されていませんが種子島家譜では肥後信基(種子島氏元祖)が北条時政から種子島・屋久島など南島12島を与えられた時、種子島地頭は大浦口氏で代官が上妻氏であったとされています。言い伝えではその代官(在島)だった上妻氏の居城だといわれていますが確証はありません。上妻城の特徴はその規模の大きさにあり、大隅諸島最大です。また、自然地形を利用し、堀切が深く、各曲輪の独立性が強い南九州地域に見られる中世城郭に類似しています。 時代 鎌倉
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貫門
鹿児島県 種子島
- 史跡
この門は、慶長2(1597)年の「豊臣秀吉朝鮮出兵」に際し、十六代島主種子島久時公率いる島津軍種子島勢の水手(船員)として従軍した網切吉右衛門の功績を立てたことにより作られました。南種子村沿革史に「御沙汰書を害虫に侵され其実績を詳にすることは能はざれども口碑によれば、我が種子島に於いて作りたる木船に乗り朝鮮興善島に押しかけたとき、敵、明軍は金網を張り防禦したが我が水手は能くそれを切り破り軍を進めたりぞ」との記述があります。帰島後、その功績を後世に伝えるため、久時公より代々、貫門を立てることを許可され、さらに網切の名と帯刀を許されることになったといわれています。門の形は2本の柱を立て、上方をくりぬき、貫を通した作りになっています。この型の門は、島主の許可がなければ立てられないものでした。 時代 1596年~1615年
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佐多旧薬園
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
藩主島津光久に献上されたリュウガンを植えたのが始まり。一名竜眼山、中国・熱帯アジア産の植物が多い。 時代 1687
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高城跡
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
時代 室町
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塚崎古墳群
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
4世紀後半から5世紀前半にかけて築造されたと考えられる古墳群です。前方後円墳5基、円墳39基が存在します。(国指定文化財) なお、塚崎のクス(国指定天然記念物)は1号墳の上に根をおろしています。 平成25年11月に古墳の見学順路が完成しました。 時代 古墳
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高山城跡
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
高山城は、18代にわたりこの地を治めた肝付氏の本拠地でした。城跡は1945年(昭和20年)国指定文化財になりました。 高山城は小高い丘陵地帯に築城されており、残された城跡は本丸・二の丸・山伏城・奥曲輪など が空堀で区画されているだけで建造物は残っていません。 築城年代は不明ですが、戦国末期の当主肝付兼続は、領国を最大(十数万石)にまで広げ、日向の飫肥城を制圧するなど、大隅半島全体を制するほどの勢力を誇っていました。 時代 1036
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唐仁古墳群
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
鹿児島県の古墳群中、最も大規模かつ最大の前方後円墳を有し、その数は130基にのぼる。
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横瀬古墳
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
古墳時代中期(5世紀後半)のもので、墳長が約140mで県内で2番目に大きい前方後円墳。明治時代に盗掘された際には、直刀・甲冑・勾玉類が出土したと言われており、その後の調査では周溝の存在も確認。また、墳丘や周溝から畿内地方の土器が出土したことや、大型の畿内的古墳であることから、被葬者は中央政権と深い結びつきのある相当の権力者と推測されています。 【料金】 無料
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宝満寺
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
奈良時代に建立された宝満寺は、現在では観音堂が再建されています。安産にご利益があるといわれ、県内外から多くの参拝客が訪れます。 文化財 その他 史跡名勝(都道府県) 時代 724~729
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京ノ峯遺跡
鹿児島県 垂水・大隅
- 史跡
南九州における弥生時代の円形周溝墓として貴重な発見ということで公園化。遺構復元施設。 時代 弥生時代中期
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