大阪府の神社・神宮 スポット 20選
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建水分神社(たけみくまり神社)
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
霊峰金剛山の総鎮守で、古来より付近18村の産土神であり、楠木氏の氏神でもある建水分神社(たけみくまりじんじゃ)。 「水分神社」(すいぶんじんじゃ)とも呼ばれ、もともとは、崇神天皇5年(西暦前92)、金剛葛城の山麓に水神として奉祀されたのが始まりとされ、建武元年(1334)、後醍醐天皇の命により、楠木正成が社殿を現在地に移し、本殿、拝殿、鐘楼等を再営したと伝えられています。中世時代には、信長の河内国攻略によって境内が焼失、一時衰退しましたが、秀吉の寄進を受け復興し、現在に至っています。本殿は、桧皮葺きの三殿が渡り廊下で連結する全国唯一の様式で国の重要文化財です(一般参拝は拝殿まで)。摂社の「南木神社」(なぎじんじゃ)は、正成を奉祭する日本最古の神社で、現在の社殿は、昭和15年(1940)に建て替えられたものです。「南木」とは「楠」を2つに分けたとも、後醍醐天皇の御夢によるものともいわれています。
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金剛山葛木神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
自然の宝庫である金剛山に建っています。 665年(天智天皇4年)今から約1300年前、役行者(えんのぎょうじゃ)は16才のときに金剛山にて霊気を感じ、長い修行の後、金剛山頂に金剛山転法輪寺を建立しました。その際、自身の祖神である一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)を祀る葛木神社を鎮守としてあわせ祀り、金剛山を神仏混淆の霊峰としたのが始まりとされています。
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科長神社(しなが神社)
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
級長津彦命(しながつひこのみこと)・級長津姫命(しながつひめのみこと)など8柱を祀ることから、八社大明神とも呼ばれています。 本殿の裏側には八精水と呼ばれる湧き水があり、当麻の刀鍛冶がこの水で刀剣を鍛えたと伝えられています。社宝には神功皇后が使用したと伝える雛形の小さな兜があります。 夏の例祭は神輿とだんじりが繰り出す祭りで、だんじりは5つの町会からそれぞれ1台ずつ出て、威勢のいいお囃子にあわせて若者たちが勇壮に曳き回し、そして神社では三番叟、八社太鼓などの祭事が行われます。
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国玉神社
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
岬町唯一の式内社。大鳥居には瓦製の扁額が掲げられ、瓦産業で栄えた往時をしのばせる。鳥居東側には称徳天皇紀州行幸の行宮址の碑が建っている。御祭神は大国主大神・加茂別雷大神。
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船守神社
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
船守神社には、国の重要文化財に指定されている本殿のほか、拝殿、神饌所、舞台、神輿舎があります。 創建など詳細は明らかにされていません。境内には、4本の幹が癒着した珍しい形の楠木が神木として祀られており、この木は樹齢約800年の由緒ある木で、府の天然記念物にも指定されています。
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産土神社(うぶすな神社)
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
創建年代は不詳ですが、宮山・青垣山と呼ばれ、昔から神体山として信仰を集めていたかなり古い歴史のある神社です。 隣には852年(仁寿2年)、慈覚大師(円仁)が建立した天台宗興善寺があり、古来より江戸時代まで続いた神仏習合の面影が色濃く残っています。1574年(天正2年)織田信長の兵火にかかり焼かれましたが、江戸時代の元禄年間に興善寺とともに神社も再建されました。毎年5月5日には神輿の出る盛大なお祭りが行われています。
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嘉祥神社 (かしょう神社)
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
本殿は、桃山時代の建築美を伝える建物として大阪府有形文化財に指定されています。 一間社流造千鳥破風軒唐破風(いっけんしゃながれづくり・ちどりはふのきからはふ)付きの神殿です。屋根などは部分的に補修されていますが、全体的に建立当初のままです。その他、二つ並ぶ鳥居も特徴です。
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春日神社
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
武甕槌命(たけみかずちのみこと)、斎主命(いわいぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)などが祭られています。 宝亀年間(770~781年)、吉見小佐治という人が、今の南海本線・吉見ノ里周辺を開拓して村をなしました。このときに春日大明神を勧請したと萬歳記に記されています。武甕槌命(たけみかずちのみこと)、斎主命(いわいぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)などが祭られています。裏手には全国でもめずらしい玉葱栽培の祖碑があります。
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山辺神社
大阪府 大阪北部(茨木・高槻・箕面・伊丹空港)
- 神社・神宮
元々、剣尾山(けんぴさん)にある月峰寺と一体した寺社でその後現在地へ移りました。 1545年(天文13年)火災にあい、4年後再建されました。現在の本殿は1668年(寛文8年)のものといわれています。
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波太神社(はた神社)
大阪府 大阪南部(堺・岸和田・関西空港)
- 神社・神宮
平安時代の「延喜式」と呼ばれる法典に記載された式内社で、鳥取大宮・波太神社とも称され、日根郡、鳥取郷の総社でした。 阪南市石田に鎮座、平安時代の「延喜式(えんぎしき)」と呼ばれる法典に記載された式内社で、鳥取大宮・波太神社とも称され、日根郡、鳥取郷の総社でした。鳥取部の祖角凝命(つのこりのみこと)を祀ったのが起源とされています。鳥取氏は、平安時代から鎌倉時代にかけて栄えた豪族でしたが、南北朝時代、戦いに敗れ波太村(現在の阪南市桑畑)の本拠とそこにあった社が焼かれ衰退しました。社はその後、永徳年間(1381~1384)に現在地で復興されましたが、秀吉の紀州攻めなどによって再び焼失します。現在の社殿と本殿は、寛永15年(1638)に再興されたものです。特に本殿は、三間社流造(さんげんしゃながれづくり)といわれる近世初頭の優美な建築様式で、国の重要文化財に指定されています。社蔵には、「三十六歌仙扁額」(府の文化財)のほか、慶長5年(1600)秀吉の家臣の片桐且元が献じた石灯籠が境内に残っています。毎年10月に行われる阪南市の秋祭りでは、18台ものやぐらが各地区から集まり勇壮に曳行しますが、一番の見所は、波太神社の拝殿前の階段を駆け上がるところといわれています。
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星田妙見宮
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
交野市から枚方市にかけての一帯は、平安時代、交野ヶ原と呼ばれた貴族の狩猟地。日本の七夕伝説発祥の地と言われ、ゆかりの神社や伝説が残る。標高162mの妙見山の頂上に位置する星田妙見宮(小松神社)は、この地で修行していた弘法大師空海が秘法を唱えたところ、天より七曜星(北斗七星)が降り、3ヶ所に分かれて落ちたという降星伝説のある場所のひとつ。拝殿の奥には神仏が石となったといわれる巨大な影向石(ようごうせき)が祀られている。近隣の人たちで賑わう毎年7月7日の七夕祭では、湯立神事や大護摩供などの後、境内を埋め尽くした数百本の笹飾りに火をつける祈願炊き上げ祭が圧巻。毎年2月8日には「星祭」、7月23日には七曜星の降臨を祀る「星降り祭」も開催されている。
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狭山神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
住吉造の本殿、拝殿などの配置はシンプルかつ最良のバランスをもっています。 日本最古のため池として「古事記」に記録されている狭山池よりも、さらに古いとされています。狭山池開発の功労者を祭神とする「狭山堤神社」も明治時代にはここに合祀され、狭山神とともに産土神(うぶすながみ)としての形を整えました。落ち着いた印象の境内では、1月10日の戎祭に一石二斗分のモチ撒きが行われ、多くの人がつめかけます。
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四條畷神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
南北朝時代、四條畷の合戦で足利軍との戦いに敗れた楠木正行(まさつら)とその一族の将士24人を祀る神社です。 明治23年(1890)に創建されました。正行は、大楠公と称される父、楠木正成の嫡男で、「小楠公」として、いまも多くの人に慕われる「忠孝両全」の名将です。神社の東側にある飯盛山は、古来戦いの要の地でしたが、今は緑豊かな静寂をたたえます。山頂には正行の銅像があり、境内には桜や楓が多くあり、季節の彩をそえます。毎年、正行の命日に当たる2月12日の例祭や4月5日の春祭、10月5日の秋祭が行われます。 【料金】 境内自由
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磐船神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
大阪府の東北部、交野市を南北に流れる天の川の上流にあり、高さ12m、幅12mの船形の巨岩「天磐船(あめのいわふね)」をご神体とする神社です。 言い伝えによると、物部氏の祖神とも言われる饒速日命が磐船に乗って降臨され、磐船がある場所は神が降臨した聖域であるといわれています。大阪城築城の際、加藤清正がこの巨岩を運び出そうとしましたが叶わず、岩の上に「加藤肥後守清正」と刻み、断念したとも伝えられています。御神体のそばにある巨岩には、天の川に面して大日如来、観音菩薩、地蔵菩薩、勢至菩薩の4体の仏像が彫られています。古来より神道家や修験道の行場として知られる同社では、巨岩の下に広がる岩窟内に入る「岩窟めぐり」も行われていて、一般の参拝者も体験することができます。 営業 岩窟拝観は要問合せ
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枚岡神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
延喜式の神名帳にもその名がある河内国一ノ宮の古社で、創祀は神武天皇即位前3年と伝えられます。 後に、奈良の春日大社に枚岡神社の二分霊を祀ったことから「元春日」とも呼ばれています。本殿は豊臣秀頼が片桐且元に造営させたと伝えられていますが、現在の本殿は1826年に再建されたものです。府下随一と言われる秋の郷のまつり(秋郷祭)は、太鼓台の宮入や地車の曳行などが行われ、勇壮かつ華やかです。毎年年末の12月23日に、新しいしめ縄を掛け替えて大勢で笑う「注連縄掛神事」(しめかけしんじ)通称「お笑い神事」が行われ、年初には、その年の稲の実りを、小豆粥を使って占う「粥占神事」が行われます。境内は楠、杉などの古木が多く、環境省の「かおり風景100選」に指定を受けました。毎春、境内南側の枚岡神社梅林では30品種約400本の梅が咲き競います。 ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、開催が変更になる場合があります。詳しくは各寺社等の公式ホームページでご確認ください。 【料金】 拝観無料
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若江鏡神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
智力・健康・安産の御利益があるといわれ、遠くからの参拝客も多いです。 総面積二千坪の境内を有し、創立年代は不詳ですが、文徳実録等の古書に854年(斎衡元年)「授河内之国大雷火明之神従五位下」と記されていることから見て、相当な古社であるといえます。その昔、近郷一帯の農作物が殆ど枯死寸前に至ったとき、神前で大般若経(東大阪市重要文化財)を唱読し祈願したところ、14日目に神社裏の淵より清水が湧き出し危機を救ったと言われています。「智力」「健康」「安産」の御利益があるといわれ、遠くからの参拝客も多いです。
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布施戎神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
1954年(昭和29年)、西宮神社から戎大神の御霊代を勧請申し上げ、布施戎神社の祭祀がはじまりました。 周辺地域が商業地として発展するに伴い、さらに1988年(昭和63年)には、大阪の今宮戎神社から事代主命(ことしろぬしのみこと)を勧請申し上げ、以来厳粛な祭祀を執行し、広大な御神徳を仰いでいます。
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石神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
大阪府柏原市太平寺にある石神社には、樹齢800年の大きなくすの木があり、付近には今も水が湧く「清浄泉」がる。この石神社は細く急な石段を登ったところに本殿がある。地元のお年寄りと孫が一歩一歩ゆっくりと手すりを持ちながら、上へ上へと石段を登っていく姿に出会うことも。ここは、地元の人々の信仰心に支えられた歴史の感じられる神社だ。
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金山彦神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
地元の氏神様として、その信仰は脈々と受け継がれてきました。 また、御神名の金山すなわち黄金の山という名前から、富と幸福をもたらしてくれることを信じ、各地より参詣する人も多いといいます。この地の山手にある金山媛神社とともに、鉄工・金属業・農土木業など、火に関わる事業に功徳があるといわれています。
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柏原黒田神社
大阪府 大阪東部(寝屋川・守口・門真・東大阪)
- 神社・神宮
もとは塩殿神社と称し、塩土翁命を奉斎していました。海運・交通安全の神として崇敬されたといわれています。 昭和20(1945)年の戦禍の再興に伴い、氏神である藤井寺市の黒田神社祭神と上市春日神社祭神を合祀し、社名を柏原黒田神社と改称しました。黒田神社の名の由来は、農民の人々が耕している田畑が黒々と肥えてほしい、と願ったことだと言い伝えられています。夏や秋の祭礼などに、勇壮なだんじり曳行が見られます。
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