旧街道 スポット 20選
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大口筋白銀坂(国指定史跡)
鹿児島県 霧島
- 旧街道
白銀坂は、鹿児島県姶良市脇元から鹿児島市宮之浦町までの石畳の残る旧街道です。この旧街道が通る山並みは、古代における薩摩国(鹿児島市側)と大隅国(姶良市側)の国境でした。また、戦国時代には、島津貴久や島津義弘などの武将たちがこの坂に陣を構えたといわれています。 江戸時代に入ると、白銀坂は鹿児島藩の主要街道である「大口筋」として整備され、藩内随一の難所として人々に知られていました。 「大口筋」とは、鹿児島城下から重富?帖佐?加治木?横川?大口?「亀坂峠」(熊本県)まで、全長約70kmの街道を指します。『鹿児島県史』によれば、江戸時代には「大口筋」の他に「出水筋」・「高岡筋」の街道があり、「これらにより、大阪・江戸へ連絡するには、通常、出水筋・大口筋では豊前小倉に、高岡筋では日向(宮崎)細島に出て、ともにそれより海路を取る」とあります。 【規模】3km(高低差300m以上)
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龍門司坂(国指定史跡)
鹿児島県 霧島
- 旧街道
大口筋の一部で、寛永12年(1635)に造られ、100年後に石が敷かれました。石は近くの樋ノ迫山から切り出され、全長は1500m余りと言われますが、現在は約500mが当時の姿で残っています。苔むした石畳と杉木立の景観が美しく、「篤姫」や「龍馬伝」といった歴代の大河ドラマのロケ地にもなり、2018年大河ドラマ「西郷どん」のロケ地にもなりました。明治10年(1877)には西郷隆盛の率いる薩軍がこの坂道を通って熊本へ向かいました。 【規模】長さ:486.8(全長約1500mのうち486.8mが当時の状態で残っています。)
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掛橋坂(県指定史跡)
鹿児島県 霧島
- 旧街道
古くは、道幅が狭く危険な板敷きの道=「桟(かけはし)」で、地名「掛橋」の由来となった説がある。江戸時代に、藺牟田・祁答院方面と蒲生を結ぶ地方街道として利用され、帖佐郷にあった納屋町御蔵・小烏御蔵まで、毎年多くの年貢米が輸送されました。18世紀末、寛政8年(1796)までには、地山の石を削った石段や切り石を敷き詰めた石畳が完成したようです。明治30年代以降は、馬車輸送のため、急勾配の掛橋坂は避けられ、次第に人々から忘れ去られましたが、市の教育委員会が現地調査や文献調査などを進め、文化的価値を見定めてきました。
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薩摩街道跡
宮崎県 えびの・都城
- 旧街道
日向から鹿児島へ向かう道の一つで、佐土原城下から本庄(国富町)、高岡、浦之名、去川の関所、国見峠、有水、桜木を経て都城に至る道。明応年間(1492~1501)に三俣院を手に入れた伊東氏が、その本拠地である都於郡(西都市)や領内からの物資を運搬するために開通させたのが始まりという。近世に入り関外四ヶ郷を統括する高岡郷地頭仮屋への通行を円滑にするために街道として整備された。
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代官道路
大分県 中津・国東
- 旧街道
豊後森藩主久留島公の参勤交代時の道路。 【規模】延長500m
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羅漢寺旧参道
大分県 中津・国東
- 旧街道
門前より羅漢寺への参道で、俗に100間馬場ともいう。江戸慶長年間造。 【規模】延長870m
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八丁坂
大分県 九重・久住・竹田・長湯
- 旧街道
大岩扇山を登る際の4つのルートのひとつでかつての参勤交代道であった。石だたみの道が200?300m残る。 【規模】延長3km
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石畳蒲鉾石・火の道
大分県 大分
- 旧街道
岡藩の中川公が通った旧犬飼港に通ずる道路の両側に置いてある石。 【規模】延長0.8km
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日田往還(日田街道)
大分県 日田・天ヶ瀬・耶馬渓
- 旧街道
日田街道とも呼ばれる。江戸時代に九州6ヵ国の天領を統括する為に整備された街道。 【規模】延長1.3km
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伏木峠
大分県 日田・天ヶ瀬・耶馬渓
- 旧街道
日田市大字花月にある、標高400mほどの峠。日田と中津を結ぶ中津街道上で、一番の難路と言われている。江戸時代に敷かれた石畳が今も残っている。現在は峠の南側に国道212号線が奥耶馬トンネルを通っている。 【規模】500m
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五足の靴文学遊歩道
熊本県 天草
- 旧街道
与謝野鉄幹、白秋ら明星派の若き詩人5人の一行が大江天主堂のパーテルさんを訪ねて天草を旅した時の旧道。下田温泉から約3.2kmの遊歩道が整備されており、途中には天草西海岸の景観を楽しめる展望所が整備されている。 【規模】延長33km、整備区間約3.2km
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箱石峠
熊本県 阿蘇
- 旧街道
阿蘇山を東方より眺望、眼前に広がる大自然のパノラマ(国道265号)。 【規模】900m
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二重峠石畳
熊本県 阿蘇
- 旧街道
阿蘇市車帰の杉林の中に、かつて肥後藩の大名行列が通った石畳の道が残されている。二重峠の下にあるこの道は、座布団大の石が幅2mほどに敷きつめられ、約1.5kmにわたって続いている。近くには参勤交代の行列が休憩した的石の御茶屋跡もあり、水前寺成趣園によく似たつくりの庭にはこんこんと清水が湧き出している。 【規模】延長1.5km
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腹切坂
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
永ノ原台地から寺ノ本に下る急坂は「腹切坂」と呼ばれ、参勤交代で使用されていた豊前街道の中でも屈指の難所であったことが知られています。平成17年3月に国指定史跡として指定を受けました。 文化財 国指定史跡 平成17年3月2日
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下岩官軍墓地
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
明治10年の西南の役で、約1ヶ月に及ぶ戦いで戦死した官軍兵士の墓地です。官軍将兵133人と軍夫16人が眠っています。今なお遺族関係者のお墓参りが続いています。 文化財 都道府県指定史跡
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光行寺
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
豊前街道の要所にあり、参勤交代の細川藩主のお茶所でした。門の軒瓦には「九曜の紋」が入っており、歴史の深さが感じられます。
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豊前街道
熊本県 玉名・山鹿・菊池
- 旧街道
肥後・熊本(熊本市)を起点として北上し、植木、山鹿から南関を経て豊前・小倉(北九州市)に至る道のことを豊前街道といいます。参勤交代道として栄え、昔から湯のまちであった山鹿は宿場町、文化の中心として栄え、重厚な貫禄が町並みに残っています。豊前街道には、八千代座をはじめ山鹿灯籠民芸館、寺社、薬師堂や、昔の商家を利用した飲食店や土産物屋が並んでいます。あし湯もありますので、休憩をしながら一帯をゆっくりと散策できます。
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旧小浜鉄道跡
長崎県 島原・雲仙・小浜
- 旧街道
道の両側から緑豊かな木々が生い茂る、通称緑のトンネルは、昭和2年から昭和13年までは小浜?愛野間を結ぶ鉄道として利用されていた温泉鉄道跡であり、道幅が狭いのが特徴。現在は県道201号線として利用され、その涼しげな雰囲気が人気を集めています。 【規模】延長8km
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長崎街道小田宿
佐賀県 嬉野・武雄
- 旧街道
「小田宿」は、江戸時代には、長崎街道の宿場として栄え、シーボルトやケンペルをはじめとする様々な人々が行き交いました。 【規模】延長6km
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長崎街道・中原宿
佐賀県 佐賀・古湯・熊の川
- 旧街道
長崎街道は江戸時代に整備された脇街道の一つで、みやき町北部を東西に横断しています。坂本龍馬や平賀源内らも通ったと言われています。町内には「中原宿」と言われた旅籠街があり、現存する旅籠「岡崎屋」の宿帳には吉田松陰(寅之助)の名前が載っています。 【規模】延長5km
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